英語・多言語翻訳の受ける相手を見きわめる|断ってよい依頼

長谷川 奈津
長谷川 奈津
英語・多言語翻訳の受ける相手を見きわめる|断ってよい依頼

この記事のポイント

  • ✓英語・多言語翻訳 クライアントの選び方を
  • ✓受注後の実務から逆算して整理します
  • ✓依頼を受ける前に確認する項目

英語・多言語翻訳のクライアントの選び方で悩む人の多くは、実は「選び方」を知らないのではありません。目の前の依頼を断る理由を言葉にできないだけです。訳し始めてから条件が食い違い、修正が終わらず、支払いも遅れる。この流れは、受注後の努力ではほとんど取り返せません。勝負がついているのは、訳す前、依頼のやり取りをしている段階です。

この記事では、翻訳の依頼を受ける前に何を確認するか、どういう型の依頼は断ってよいのか、断らずに条件を出すにはどう書くのかを、実務の手順として整理します。法律の話も出てきますが、条文をそのまま並べるのではなく、つまり何をすればよいのかまで噛み砕きます。

翻訳の受注トラブルは、発注段階の曖昧さから生まれる

翻訳の仕事は、納品物が文章であるがゆえに、良し悪しの基準が言葉にされないまま進みやすい業務です。Webサイト制作なら「この画面が表示されない」という形で不具合を指摘できますが、翻訳では「なんとなくイメージと違う」という感想が、そのまま検収の可否になってしまうことがあります。

この構造を放置したまま受注すると、作業の終わりが相手の気分次第になります。だからこそ、クライアントを見きわめる作業は、人柄を見抜くことではなく、依頼の中に「終わりの定義」があるかを見ることに尽きます。

曖昧さが残る場所は決まっている

翻訳の依頼で曖昧さが残る場所は、経験上ほぼ同じところです。対象言語、原文の確定状況、用途、納品形式、検収の基準、修正の回数、支払いの時期。この7か所のどこかが空白のまま進んだ案件は、後から必ずそこで揉めます。

逆に言えば、この7か所さえ受注前に埋めてしまえば、相手が大企業でも個人事業主でも、仕事の進み方は安定します。クライアントの選び方とは、良い相手を探す活動ではなく、この7か所を埋めることに協力してくれるかどうかを試す活動だと考えるほうが実務に合います。

言語が決まっていない依頼は最初の危険信号

意外に多いのが、言語の組み合わせが確定していない依頼です。「海外向けに展開したいので翻訳をお願いしたい」とだけ書かれていて、英語なのか、英語と中国語なのか、簡体字なのか繁体字なのかが決まっていない。この状態で見積もりを出すと、あとから対象言語が増えても「最初にお願いした範囲のつもりだった」と言われかねません。

翻訳業界向けの解説でも、この点は受注側だけでなく発注側の注意点として繰り返し指摘されています。

言語をあらかじめ決めておくことにより、多言語翻訳で起きがちな「違う言語に翻訳してしまった」「1つの言語でいいと思っていたら、実際には複数の翻訳が必要だった」というミスを防げます。 出典: fukudai-trans.jp

つまり、言語が決まっていない段階の依頼は「まだ発注ではない」と扱ってよいということです。相談として受け、対象言語が確定してから改めて見積もりを出す。この線を引くだけで、範囲が後から膨らむ事故はかなり減ります。

依頼を受ける前に確認する7つの項目

ここからは、受注前に必ず埋める7か所を順に見ていきます。すべてを一度の返信で聞く必要はありませんが、着手までに空白をなくすことが目的です。

対象言語と翻訳の方向

英語と一口に言っても、日本語から英語へ訳すのか、英語から日本語へ訳すのかで、必要な力もかかる時間も変わります。多言語なら、どの言語からどの言語へ訳すのかを一つずつ確定させます。日本語を経由するのか、英語を経由して他言語へ展開するのかも、この時点で決めておきます。

地域の指定も見落とされがちです。英語なら米国向けか英国向けか、中国語なら簡体字か繁体字か、スペイン語ならスペイン向けか中南米向けか。地域が違えば表記も語彙も変わり、後から直すと全文を見直すことになります。翻訳の仕事の全体像は英語・多言語翻訳のお仕事にまとまっていますが、対応言語の広さそのものより、依頼ごとの組み合わせを固定できるかどうかが実務では効きます。

原文が最終版かどうか

翻訳で最も工数を食うのは、原文の差し替えです。訳し終えたあとに元の文章が更新されると、差分を探し、訳文を直し、前後のつながりを整え直す作業が発生します。分量が同じでも、手間は初回より重くなることが珍しくありません。

そこで、受注前に必ず「この原稿は最終版ですか」と確認します。最終版でないなら、差し替えが起きたときの扱いを先に決めます。差し替え分を別料金にするのか、着手前の一定時点までは無償で取り込むのか。ここを口頭で流さず、文章で残すことが重要です。「確定後にお送りいただいた分は追加のご依頼として承ります」と一文書いておくだけで、後の交渉の土台が変わります。

用途と読み手

同じ原文でも、社内で内容を把握するための訳文と、Webサイトに載せて顧客が読む訳文では、求められる仕上がりがまったく違います。前者は正確さが最優先で、多少ぎこちなくても機能します。後者は自然さと訴求力が要り、場合によっては原文にない補足や言い換えも必要になります。

用途を聞かずに受けると、社内資料のつもりで丁寧に訳した文章に対して「もっと売れる文章にしてほしい」と言われる事故が起きます。読み手は誰か、どこに掲載されるか、既存の文章のトーンに合わせる必要があるか。この3点を必ず聞きます。マーケティング用途が絡む案件の背景を知りたい場合は、AI・マーケティング・セキュリティのお仕事で周辺業務の広がりを把握しておくと、用途の質問がしやすくなります。

納品形式とレイアウト作業の範囲

テキストだけを納品するのか、元のファイルの体裁を保ったまま納品するのかで、作業量は大きく変わります。表計算ソフトのセルに流し込む、スライドの図の中の文字を差し替える、デザインデータの中の文字を置き換えるといった作業は、翻訳とは別の工程です。

受注前に、納品ファイルの形式、体裁の再現をどこまで求められるか、翻訳後の文字量が増減したときのレイアウト調整を誰が行うかを確認します。英語から日本語、日本語から英語では文字量が変わるため、レイアウトが崩れることは避けられません。崩れた分を誰が直すのかを決めていない案件は、納品直後に必ず揉めます。

参考資料と用語集の有無

社名、製品名、サービス名、業界用語の訳し方は、依頼者側にすでに決まりがあることが多いものです。それを渡してもらえるかどうかで、修正の量は劇的に変わります。用語集がない場合でも、既存の英語サイトやパンフレット、過去の訳文があれば参考になります。

ここで大事なのは、資料が「ない」と言われたときの扱いです。資料がないなら、訳語はこちらの判断で決めることになります。その旨を先に伝え、初稿で用語の一覧を添えて確認してもらう段取りにします。「後から社内の決まりと違うと言われても、それは追加の作業になります」という前提を共有しておくことが、自分を守ります。

検収の基準と修正回数

翻訳の検収は、基準を書かないと終わりません。「誤訳と訳抜けがないこと」「指定の用語集に沿っていること」を基準にすると、判断が客観的になります。一方で「読んで違和感がないこと」だけを基準にすると、相手の主観がすべてになります。

修正回数も先に決めます。初稿に対する修正指示を2回まで無償で対応し、それ以降は追加とする、といった形です。回数を決めること自体を渋る相手は、後から無制限に直しを求めてくる可能性が高いと考えてよいでしょう。ビジネス文書の書き方の基礎はビジネス文書検定のような体系で学べますが、検収基準を条件として書き切る力は、資格よりも案件ごとの積み重ねで身につきます。

支払いの時期と方法

最後に、支払期日、請求書の送り先、振込手数料の負担、消費税や源泉徴収の扱いを確認します。ここを聞くのを遠慮する人は多いのですが、事業者同士の取引で支払条件を確認するのは当然の手続きです。むしろ、聞かれて不機嫌になる相手は、支払いに関して何らかの問題を抱えている可能性があります。

断ってよい依頼の型

すべての依頼を受ける必要はありません。ここでは、断ってよい、あるいは条件を大きく変えなければ受けるべきでない依頼の型を挙げます。

とりあえず全部訳してほしい型

分量も範囲も示さず、資料一式を渡して「必要なところを訳して」と言う依頼です。何が必要かを判断する作業は、翻訳ではなく選別の作業であり、その判断責任を受注側が負うことになります。訳さなかった箇所について後から「なぜ訳していないのか」と問われても、基準がないため反論できません。

この型に対しては、範囲を指定してもらうか、選別作業を別の作業として扱うかの二択を示します。どちらも受け入れられないなら、受けない判断が妥当です。

機械翻訳の後始末を翻訳と同じ扱いで頼む型

機械翻訳にかけた文章を渡され、「軽く直すだけでいいので」と言われる依頼です。実務では、質の低い機械翻訳の修正は、ゼロから訳すより時間がかかることがあります。原文と訳文を突き合わせ、意味の取り違えを探し、文体を揃える作業が必要になるためです。

受ける場合は、必ず原文を先に見せてもらい、機械翻訳の品質を確認してから条件を出します。「軽く直す」という言葉を鵜呑みにして条件を決めると、作業時間だけが膨らみます。原文を見せることを渋る相手は、この時点で見送ってよい相手です。

検収の基準を言葉にしない型

「良いものをお願いします」「センスの良い訳文で」といった言い方しかせず、具体的な基準を出さない依頼です。悪意があるとは限りませんが、基準がない以上、終わりも決まりません。

こちらから基準案を示し、それでよいかを確認する手はあります。「誤訳と訳抜けがないこと、指定の用語に沿っていること、この2点を検収の基準とさせてください」と書いて、同意を得る。同意を避け続ける相手は、断る判断で構いません。

支払条件を後回しにする型

「金額は後で相談しましょう」「まずは進めてください」と言って、条件を確定させないまま着手を促す依頼です。着手してしまうと、こちらの交渉力は下がります。作業が進むほど「ここまでやったのだから」という気持ちが働き、不利な条件を飲みやすくなるためです。

条件が決まるまで着手しない。この一線だけは崩さないほうがよいでしょう。急ぎの案件ほど、条件を先に決めるべきです。

納期だけが先に決まっている型

分量も原稿も確定していないのに、納期だけが先に決まっている依頼があります。社内の会議日程や展示会の日取りから逆算されているためですが、この場合、原稿の到着が遅れても納期は動きません。遅れた分の圧縮は、すべて作業側にしわ寄せされます。

受ける場合は、原稿の到着期限を条件に組み込みます。「原稿を〇月〇日までにお受け取りできることを前提に、〇月〇日の納品とします。原稿の到着が遅れた場合は、遅れた日数分だけ納期を後ろにずらします」と明記します。この一文を入れられない依頼は、受けるほど不利になる構造です。

秘密保持の話が一切出ない型

未公開の製品情報、決算資料、契約書などを扱う依頼で、秘密保持について何も言及がない場合は注意が必要です。管理の意識が薄い発注者は、資料の受け渡しも雑になりがちで、こちらが情報漏えいの責任を問われる可能性が残ります。NDA(エヌディーエー)の締結を提案し、反応を見るのが安全です。

断らずに条件を出すという選択

見きわめは、受けるか断るかの二択ではありません。条件を出して相手の反応を見る、という中間の選択が最も実用的です。

質問をまとめて送る

依頼を受けた段階で、確認事項をまとめて一通のメールで送ります。小出しにすると、やり取りの回数だけが増えて相手も疲れます。次のような形が扱いやすいものです。

〇〇様

お世話になっております。□□です。
ご依頼の件、下記を確認させてください。

1. 対象言語と方向(例:日本語から英語)
2. 原稿は最終版でしょうか。差し替えの予定はありますか
3. 用途と読み手(社内資料/Web掲載/印刷物 など)
4. 納品形式(テキスト/元ファイルの体裁を保持 など)
5. 用語集や既存の訳文はありますか
6. 検収の基準と、修正のご指示は何回まで想定されていますか
7. 支払期日と請求書の送付先

上記が確定しましたら、納期と金額をご提示いたします。

この一通で、相手の姿勢はほぼ分かります。項目ごとに答えが返ってくるなら、仕事の進め方が分かっている相手です。「細かいですね」で流されるなら、着手後も同じ流し方をされると考えてよいでしょう。

初回は小さく区切って受ける

条件のすり合わせが済んでも、実際に組んでみないと分からないことは残ります。そこで、初めての相手とは、最初の依頼を小さく区切って受ける方法が有効です。長い資料なら最初の章だけ、複数言語なら1言語だけを先に納品し、そこで用語や文体の方向を確認してから残りに進みます。

この進め方は、相手にとっても利点があります。仕上がりを早い段階で確認できるため、全部を訳し終えてから方向性の食い違いに気づく事態を防げるからです。区切って受けることを提案したときの反応も、見きわめの材料になります。合理的だと受け止める相手は、工程を理解している相手です。

返答の中身より、返答の仕方を見る

見るべきは、答えの中身よりも答え方です。分からない項目に「分からないので相談したい」と書ける相手は、進めやすい相手です。分からないことを分かっているふりで埋める相手は、後から前提が覆ります。

返答が来ない項目については、こちらで前提を置いて明記します。「用語集のご提供がないため、訳語は初稿で一覧をお出しし、ご確認いただく前提で進めます」と書いておけば、後から用語を全面的に直すよう求められたときに、追加作業として扱う根拠になります。

法律で決まっている取引条件のこと

翻訳を業務として請け負う場合、取引条件の明示や支払期日については法律に定めがあります。これ、知らない人が本当に多いのですが、条件を書面で示すのは発注者側の義務です。

取引条件は書面または電磁的方法で示される

フリーランスとして業務委託を受ける取引では、発注者は業務の内容、報酬の額、支払期日などを書面または電磁的方法で明示する義務を負います。つまり、メールやチャットのテキストでもよいので、条件が形に残る必要があるということです。口頭だけで進める依頼は、この時点で法律の求める形になっていません。

条件が示されないまま着手を促されたら、「条件をメールでいただけますか」と依頼して構いません。これは特別な要求ではなく、法律が発注者に求めていることを確認しているだけです。制度の詳細は公正取引委員会や厚生労働省の案内で確認できます。窓口は公正取引委員会と厚生労働省にあります。

支払期日にも上限がある

報酬の支払期日は、成果物を受け取った日から起算して60日以内で、かつできる限り短い期間内に定めなければならないとされています。「検収が終わってから」「社内の決裁が下りてから」という理由で、この期日を無制限に先送りすることはできません。

支払いが遅れているときは、まず契約時の条件を確認し、期日を過ぎているなら事実として伝えます。感情で押すのではなく、条件と日付を並べて確認する形が有効です。

やり直しの要求にも限度がある

受け取った成果物について、受注者に責任がないのに、やり直しをさせたり報酬を減額したりする行為は禁止されています。つまり「イメージと違う」という感想だけを理由に、無限の修正や減額を求めることはできません。

ただし、検収の基準を決めていなければ、何が「受注者の責任」なのかを示すのが難しくなります。法律が守ってくれる範囲を広げるためにも、検収基準を先に書いておくことが必要です。なお、実際に支払いを拒まれている、契約内容の解釈で争っているといった段階に入った場合は、弁護士など専門家への相談を検討してください。

継続して依頼が来る相手に共通すること

断る基準の裏返しとして、長く続く相手の特徴も挙げておきます。

用語や表記の決まりを持っている、または作ることに前向き

自社の用語集を持っている相手は、翻訳を単発の作業ではなく積み上がる資産として捉えています。持っていなくても、初稿の用語一覧を確認して決めていくことに同意してくれるなら、二回目以降の作業は楽になります。

質問への返答が早い

翻訳中に生じる疑問は、原文の書き手にしか答えられないものが多くあります。主語が省略されていて誰の行為か分からない、社内でしか通じない略語が使われている、といった箇所です。ここへの返答が早い相手は、納期を守りやすい相手でもあります。

翻訳を工程として理解している

翻訳、訳文の見直し、体裁の調整、掲載後の確認という工程があることを理解している相手は、無理な納期を出しません。逆に、翻訳を「文章を置き換えるだけの作業」と捉えている相手は、当日中の納品を当然のように求めてきます。語学を軸にした仕事の広がりを説明する材料としては語学レッスン(英中韓など)のお仕事のような周辺分野の情報も役に立ちます。翻訳とレッスンでは求められる準備がまったく違うことを示せると、工程の説明が伝わりやすくなります。

依頼元のタイプごとに見きわめの勘所は変わる

同じ7項目を確認するにしても、相手のタイプによって詰まりやすい場所は違います。ここを知っておくと、質問の順番を変えられます。

翻訳会社を経由する依頼

翻訳会社から回ってくる依頼は、条件が整理されている場合が多いのが特徴です。対象言語、分量、納期、単価の計算方法が最初から示され、用語集や過去訳が付いてくることも珍しくありません。品質基準も社内の規定として明文化されています。

一方で、条件の交渉余地は小さくなります。すでに発注元との間で納期と金額が決まっているため、そこから逆算した条件が提示されるからです。見きわめのポイントは、修正対応の範囲がどこまでかという一点に絞られます。発注元からの指摘が何度戻ってきても無償で対応する前提になっていないか、確認しておく価値があります。

また、機械翻訳の後編集を含む案件が増えています。この場合、通常の翻訳と同じ感覚で受けると作業量が読めません。元になる機械翻訳の品質水準と、どこまで直すことを求められているのかを、実物のサンプルで確認してから判断します。

事業会社から直接受ける依頼

発注元と直接やり取りする場合、条件を自分で組み立てられる自由度があります。用途や読み手を直接聞けるため、訳文の方向性を外しにくいという利点もあります。翻訳の背景にある事情、たとえば「この製品は来月の展示会で出すので、パンフレットのトーンに合わせたい」といった情報が得られるのは、直接取引ならではです。

反面、翻訳の工程を理解していない担当者に当たると、前提の説明から始める必要があります。校正や体裁調整を含めて「翻訳」と呼んでいるケースも多く、範囲の線引きを最初にしないと作業が際限なく広がります。担当者が翻訳の発注に慣れているかどうかは、最初のメールで分かります。分量、形式、納期の希望が書かれているなら慣れた相手、「見積もりをお願いします」だけなら、こちらから項目を提示して進める相手です。

個人や小規模の事業者からの依頼

論文の要旨、留学書類、小規模なWebサイトなど、個人からの依頼も一定数あります。丁寧な相手が多い一方、支払いの手続きや契約の形式に不慣れなことがあります。前払いや分割払いの相談を先にしておくと、双方が安心して進められます。

また、個人からの依頼では、翻訳の目的が「提出」であることが多く、提出先の書式要件が絡みます。指定の様式があるか、署名や証明が必要かを先に確認しないと、訳文としては正しくても使えない納品物になってしまいます。

海外の発注元からの依頼

海外から直接依頼が来る場合、通貨、送金方法、送金手数料の負担、支払いまでの日数が国内案件と大きく異なります。時差により質問への回答が半日以上遅れることも前提に、納期を組む必要があります。

契約の準拠法や紛争時の対応も国内と同じにはできません。金額が小さいうちは、前払いや分割払いで回収リスクを下げる運用が現実的です。海外展開に関する公的な情報はJETROが整理しており、取引の一般的な留意点を把握する入口として使えます。

市場を長く見てきた立場からの観察

フリーランスと在宅ワークの市場を20年運営してきた立場から言えば、翻訳で長く続いている人ほど、案件を選ぶ基準を明文化しています。断る理由を毎回考えるのではなく、あらかじめ決めた基準に当てはめて判断しているため、迷う時間が短い。この差が、年単位で見ると仕事量の差になって表れます。

もう一つ、運営者として見てきた限りでは、仲介を挟まない直接の取引では、依頼者と受け手の会話が具体的になる傾向があります。間に立つ担当者がいないため、用語の決め方も納期の相談も本人同士で詰めることになるからです。中間マージンが乗らない分、同じ予算でも依頼者はより多くを頼め、受け手の手数料0%という条件は手取りの厚さとして残ります。金額の大小より、この「話が直接通じる」という質のほうが、翻訳のように前提のすり合わせが多い仕事では効いてきます。

見きわめを日々の運用に落とし込む

最後に、ここまでの内容を日常の運用にする方法を整理します。

確認事項をテンプレートにして固定する

前掲の7項目を、メールの下書きとして保存しておきます。依頼が来るたびに文面を考えるのではなく、テンプレートを開いて案件名だけ差し替える形にします。毎回同じ質問をしていれば、聞き漏らしがなくなり、質問すること自体への心理的な抵抗も消えます。

断る文面も用意しておく

断るときの文面も、あらかじめ用意しておきます。理由を長々と書く必要はありません。「現在お受けしている案件の関係で、ご希望の納期での対応が難しい状況です」といった簡潔な文で十分です。関係を切りたくない相手なら、条件が合えば受けられることを添えます。

断り方を用意していないと、断りにくさから条件の悪い依頼を受けてしまいます。文面が手元にあるだけで、判断が速くなります。

案件ごとに記録を残す

受けた案件、断った案件の両方について、判断の理由を一行でも残しておきます。半年ほど続けると、自分がどういう相手と相性がよいのか、どういう依頼で消耗したのかが見えてきます。ここまで来ると、クライアントの選び方は感覚ではなく、自分の記録に基づく判断になります。

長く働き方を組み立てていく視点としては、定年後のフリーランス独立|退職金を活かした起業プランと注意点で扱われているような、時期ごとに仕事の受け方を変えていく考え方も参考になります。翻訳は年齢に左右されにくい仕事である一方、体力と集中力の配分は変わっていくため、受ける相手を絞る技術は年を追うごとに重要になります。同じ職種内でも働き方の設計は分かれるもので、専門職の年収や単価の考え方を扱った著述家,記者,編集者の年収・単価相場のような資料も、条件を交渉するときの下地になります。

依頼を見きわめる力は、断る勇気ではなく、確認する手順で身につきます。手順が固まれば、断るべき依頼は自然と手前で分かれていきます。法律は、その手順を守って仕事をしている人の味方です。

よくある質問

Q. 依頼を断ると、次の仕事が来なくなりませんか?

条件が合わない依頼を断ったことで縁が切れる相手は、もともと条件を詰められない相手です。断る際に「この条件なら対応できます」と代案を添えておけば、次の案件で条件を整えて再依頼が来ることもあります。むしろ無理な条件で受けて品質や納期を落とすほうが、信用を失う結果になります。

Q. 原稿が最終版かどうか、どう確認すればよいですか?

「この原稿は確定版でしょうか。着手後に差し替えの予定はありますか」と、そのまま文章で聞きます。確定でない場合は、確定した時点で改めて着手する段取りにするか、差し替え分を追加の依頼として扱う旨を先に文章で伝えておきます。口頭での確認だけで進めると、後から根拠を示せなくなります。

Q. 検収の基準は、具体的にどう書けばよいですか?

「誤訳と訳抜けがないこと」「事前に共有された用語集に沿っていること」の2点を軸にします。用語集がない場合は「初稿に添付する用語一覧をご確認いただき、確定した用語に沿うこと」と書きます。主観に依存する表現を基準から外すことが目的で、修正指示の回数の上限も併せて明記します。

Q. 秘密保持契約は、こちらから提案してもよいのですか?

問題ありません。未公開情報や個人情報を含む資料を扱う場合、秘密保持の取り決めは双方を守るものです。発注者側にひな型があればそれを確認し、なければ簡潔な条項を提案します。提案に難色を示す相手は、情報管理の体制に不安があるため、受注するかどうかを慎重に判断する材料になります。

Q. 支払いが期日を過ぎたときは、どう対応すればよいですか?

まず契約時のメールや発注書で支払期日を確認し、事実として「期日を過ぎている」ことを相手に伝えます。業務委託では、成果物を受け取った日から60日以内で支払期日を定めることが求められています。督促しても応じない場合は、公正取引委員会などの相談窓口に事実関係を整理して相談することを検討してください。

この記事について

@SOHO
編集部

監修:@SOHO編集部

2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

公開:2026年3月24日最終更新:2026年9月5日
長谷川 奈津

この記事を書いた人

長谷川 奈津@SOHO編集部

行政書士・元企業法務

企業法務で数多くのフリーランス契約を扱った経験を活かし、フリーランス向けの法律・契約・権利に関する記事を執筆。「法律はあなたの味方です」がモットー。

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