在宅イラスト制作の値上げは、条件の見直しとして切り出す


この記事のポイント
- ✓在宅のイラスト制作で値上げを切り出すタイミングと
- ✓交渉の根拠になる数字の作り方を実務目線で解説します
- ✓時給換算・修正回数・相場データの3点で単価を組み立て
先日、在宅でイラスト制作を続けている方から相談を受けました。「3年前に決めた1枚8,000円のまま、いまも同じ単価で受けている。作業量は明らかに増えているのに、値上げをどう言い出せばいいのか分からない」と。結論から言うと、値上げは「お願い」ではなく「取引条件の見直し」です。つまり、感情ではなく数字で組み立てれば、切り出すタイミングも伝え方も自動的に決まります。この記事では、在宅のイラスト制作で値上げを切り出す4つのタイミングと、交渉の根拠になる数字の具体的な作り方、そして相手が納得しやすい文面までをまとめました。これ、知らない人が本当に多いんです。
在宅のイラスト制作で単価が据え置かれ続ける構造的な理由
在宅のイラスト制作は、値上げが最も起きにくい働き方のひとつです。理由は制作者の努力不足ではなく、取引の構造にあります。ここを理解しないまま「勇気を出して言う」だけの精神論に持ち込むと、たいてい失敗します。
まず、在宅の業務委託は「契約更新」という節目が存在しないケースが多い。会社員なら年度替わりに昇給の面談がありますが、在宅のイラスト案件は口頭やチャットで「じゃあ次もお願いします」と続いていきます。区切りがないので、単価を見直す会話が発生しないまま年単位で時間が過ぎる。私が相談を受けたケースでも、初回の見積もりメール以降、報酬について文字で話したことが一度もない、という方が珍しくありませんでした。
次に、イラスト制作は成果物が「1枚いくら」で表現されるため、工数の増加が価格に反映されにくい構造があります。同じ「キャラクター立ち絵1枚」でも、初回は表情差分なし・修正2回だったものが、いつのまにか表情差分3パターン込み・修正無制限に近い運用へ変わっていく。作業量は1.5倍から2倍になっているのに、単価は初回の数字が生き続けます。
さらに、求人票の段階から「1枚あたり」の相場が固定的に提示されている影響もあります。実際、在宅のイラスト系の募集要項を見ると、報酬体系よりも働き方の自由度が前面に出ているものが目立ちます。
YouTubeアニメの背景イラスト制作案件で、ショートアニメの背景イラストレーターを募集しています。大手出版社との提携作品やwebtoonでの背景制作をお任せします。業務委託で完全在宅ワークとなり、勤務時間に指定はありません。高校卒業以上で、カラーでの背景制作経験とデジタルイラスト制作ソフトの使用経験があれば未経験でも応募可能です。現代の風景や季節・時間の書き分け、アニメ塗りや漫画の背景作画が得意な方、パースが得意な方を歓迎します。 出典: 求人ボックス
「勤務時間に指定はありません」「完全在宅」という条件は魅力的ですが、裏を返すと、時間あたりの報酬が可視化されないということでもあります。何時間かかっても報酬は同じ。だからこそ、値上げ交渉の第一歩は「自分の時間単価を自分で計算する」ことから始まります。
もうひとつ見落とされがちなのが、在宅ゆえに比較対象が身近にいないという点です。オフィスで働いていれば同僚の待遇が耳に入りますが、在宅のイラスト制作者は他の人がいくらで受けているかを知る機会がほとんどない。結果として「この単価は妥当なのか」を判断する材料がなく、動けなくなります。相場データを集める作業は、交渉の準備ではなく、交渉するかどうかを決めるための材料集めだと考えてください。
値上げを切り出すべきタイミングは4つに絞られる
「いつ言えばいいですか」という質問には、明確な答えがあります。値上げが通りやすいタイミングは、相手の側にも「条件を見直す理由」が存在する瞬間です。逆に言えば、それ以外の時期に切り出すと、相手にとっては唐突な要求に見えてしまう。実務的に有効なのは次の4つです。
タイミング1:契約更新・年度替わりの直前
年間契約や月額固定の継続案件であれば、更新の1か月から2か月前が最も自然です。相手企業も次期の予算を組む時期なので、「来期の条件についてご相談があります」と切り出すだけで、値上げの話だと伝わります。日本企業の予算編成は4月始まりが多く、その場合は前年12月から1月に打診しておくと、予算に組み込んでもらえる可能性が上がります。予算が確定した3月に言っても、「今期はもう枠がない」で終わります。
契約書がない口約束の継続取引でも、初回発注から丸1年が経過した月を自分の中で更新月と決めてしまうのが有効です。「お取引が1年になりますので、あらためて条件をご相談させてください」という言い方は、相手を責めるニュアンスがゼロなので受け入れられやすい。
タイミング2:作業範囲が広がった直後
これが最も強い根拠になります。当初の依頼になかった作業が追加されたその場で、「対応可能ですが、この分は別途お見積もりになります」と伝える。後から遡って請求するより、追加が発生した瞬間に言うほうが圧倒的に通ります。
イラスト制作でよく起きる範囲拡大は次のようなものです。表情差分や衣装差分の追加、線画データと塗り分けレイヤーの納品要求、商用利用範囲の拡大(Web限定だったものが印刷物やグッズにも使われる)、二次利用の許諾、着彩以外のラフ提案本数の増加、納品後のフォーマット変換対応。これらはすべて工数と権利の話であり、無償で飲む理由はありません。
とくに利用範囲の拡大は、値上げというより「別の対価」の話です。著作権の取り扱いは契約で決まりますが、当初Web掲載のみで合意していたイラストが商品パッケージに使われるなら、それは新しい許諾です。※ 権利関係で相手と主張が食い違う場合は、著作権に詳しい弁護士に相談してください。
タイミング3:実績と信頼が積み上がった時点
継続案件で10本以上を納品し、修正の往復が減り、相手から「いつも助かっています」と言われるようになった段階は、交渉に最も適した状態です。相手にとっての乗り換えコストが最大化しているからです。
新しいイラストレーターを探して、テイストを確認して、トーンをすり合わせて、初回の修正を繰り返す。この立ち上げコストは、発注側にとって決して小さくありません。長く付き合っている相手ほど、10%程度の値上げなら「探し直すより安い」と判断します。逆に、初回から2本目、3本目の段階で値上げを切り出すと、まだ乗り換えコストが低いので断られやすい。
タイミング4:外部環境のコストが上がった時点
制作ソフトのサブスクリプション料金、液晶タブレットの買い替え、通信費、そして税や社会保険の負担増。これらは自分の努力ではどうにもならないコストです。とくに消費税のインボイス制度により、免税事業者だった方が課税事業者を選択した場合、実質的な手取りは目に見えて減ります。制度の詳細は国税庁の公表資料で確認できます。
外部要因は「あなたのせいではない」という点で交渉しやすい反面、それだけを理由にすると弱い。後述する時給換算とセットで出すのが実務的です。
交渉の根拠になる数字は3種類そろえる
ここが本題です。値上げ交渉で相手が判断できるのは「金額の妥当性」だけです。「生活が苦しいので」「頑張っているので」は判断材料になりません。用意すべき数字は次の3種類で、どれか1つではなく3つそろえることで説得力が跳ね上がります。
数字1:実働時間から出す時給換算
まず、自分の時給を計算します。ここで多くの方が間違えるのは、「描いている時間」だけを数えてしまうこと。実際には次の時間がすべて業務時間です。
ヒアリングと打ち合わせ、参考資料の収集、ラフの作成、ラフ提出後の修正、線画、着彩、仕上げ、納品データの書き出しとリネーム、修正対応、請求書の作成と送付、入金確認。チャットの返信時間も含めてください。
計測は3か月分を目安に、案件ごとにスプレッドシートで記録します。無料の表計算ツールで十分です。3か月分そろえる理由は、単発の重い案件だけを根拠にすると「たまたま大変だった案件では」と反論されるためです。平均値で語れば、その反論は封じられます。
計算式はシンプルです。
報酬 ÷ 実働時間 = 時給換算
たとえば、キャラクター立ち絵1枚15,000円、実働18時間なら、時給は約833円です。ここに、この数字を出す最大の意味があります。厚生労働省が公表している地域別最低賃金は、全国加重平均で時給1,000円台に達しています。つまり、専門スキルを使った在宅制作の時給換算が最低賃金を下回っているという事実は、それ自体が交渉の材料になります。
次に、希望時給から必要単価を逆算します。希望時給を2,000円と置くなら、必要単価は2,000円 × 18時間 = 36,000円。現状の15,000円から一気にここまで上げるのは現実的ではないので、段階を設計します。
数字2:修正回数と手戻りの実測
「修正無制限」を暗黙の前提にされている案件は非常に多い。ここを数字にすると、値上げではなく「条件の明確化」として話を進められます。
記録するのは、案件ごとの修正回数、修正1回あたりの平均所要時間、そして当初想定との差です。たとえば当初は「修正2回まで」で見積もったのに、直近10件の平均が4.2回だったとします。1回の修正に平均2時間かかるなら、超過分は2.2回 × 2時間 = 約4.4時間。時給2,000円換算で約8,800円分が、見積もりに入っていない作業です。
この数字は、単価アップではなく「修正3回目以降は1回3,000円」というオプション化に使えます。実は、単価そのものを上げるより、オプションを新設するほうが通りやすいケースが多い。発注側から見ると「基本料金は据え置き」に見えるからです。そして修正が減れば、実質的な時給は上がります。
数字3:職種の相場データ
自分の数字だけでは「あなたの作業が遅いだけでは」という反論を受けます。そこで、第三者の相場データを添えます。求人サイトの募集単価、公開されている職種別の年収・単価データ、同ジャンルの制作会社の料金表。これらは無料で調べられます。
参考になるのが、公的統計に基づく職種別の相場情報です。クリエイティブ職の年収水準を把握するには、著述家,記者,編集者の年収・単価相場が近い指標になります。文章制作系ではありますが、成果物単位で報酬が決まる働き方の相場感として比較しやすい。技術寄りの制作単価と比べたい場合は、ソフトウェア作成者の年収・単価相場も参考になります。どちらも職種ごとの年収レンジと働き方を整理したデータベースで、自分の単価が市場のどのあたりに位置しているかを客観的に確認できます。
相場データの使い方にはコツがあります。「相場より安いので上げてください」と言うと角が立つ。「市場の相場を確認したところ、現在の条件は下限に近い水準でした。継続してお受けするために、次期から見直しをご相談させてください」という順序で出します。責めるのではなく、継続の条件として提示する。
値上げ幅の決め方と、通りやすい刻み
金額の設計にも定石があります。実務的には、次の3段階で考えてください。
10%前後の値上げは、根拠が弱くても通ることがあります。相手にとっては誤差の範囲であり、探し直すコストのほうが高いからです。継続案件で初めて値上げを切り出すなら、この幅が最も成功率が高い。
15%から25%は、前述の3種類の数字がそろっていれば通ります。作業範囲が実際に広がっている場合や、2年以上単価が据え置かれている場合はこのレンジです。
30%を超える場合は、単価改定ではなく「体系の変更」として提案します。つまり、1枚いくらの一律料金をやめて、基本料金+オプションの料金表に切り替える。基本料金15,000円、表情差分1点3,000円、修正3回目以降1回3,000円、商用利用範囲の拡大は別途、という形にすると、結果的に平均単価が30%以上上がっても、相手には値上げに見えません。
もうひとつ、必ず設定しておくべき数字があります。「この金額以下なら受けない」という撤退ラインです。交渉は相手がある話なので、必ずしも希望額で決着するとは限らない。事前に下限を決めておかないと、その場の空気で押し切られます。撤退ラインは、時給換算で最低賃金の1.5倍を目安に置く方が多い印象です。
値上げを伝える文面の組み立て方
伝え方は、口頭より文字が圧倒的に有利です。理由は3つあります。相手が社内で稟議に回せる、感情のやり取りになりにくい、そして記録が残る。チャットではなくメールで送るのが基本です。
文面は次の5要素で構成します。感謝、事実、根拠、提案、継続の意思。この順番を崩さないこと。
〇〇様、いつもお世話になっております。□□です。
いつもご依頼いただきありがとうございます。おかげさまで、継続してお仕事をご一緒させていただき2年になります。
つきましては、来期の制作条件についてご相談させてください。ご依頼開始時と比べ、表情差分のご要望や修正のご対応など、当初のお見積もり範囲を超える作業が定常的に発生しております。直近3か月の実績では、1点あたりの作業時間が平均18時間となっており、当初想定の12時間から増加している状況です。
そこで、次期より下記の料金体系をご提案させていただきたく存じます。(料金表を記載)
引き続き品質を保ってご対応させていただきたく、ご検討いただけますと幸いです。ご不明点があればいつでもご相談ください。
ポイントは、「値上げしてください」と書かないことです。書くのは「条件の見直しのご相談」。そして必ず料金表という形にする。金額を文章の中に埋め込むより、表にしたほうが検討されやすい。
もうひとつ大事なのは、適用時期を明示することです。「次回のご依頼分から」ではなく「〇月〇日ご発注分から」と日付で書く。曖昧にすると、いつまでも旧単価のまま発注が続きます。
法律を味方につける:知らないと損をするルール
ここは私が普段いちばん相談を受ける領域です。値上げ交渉そのものを法律が保証してくれるわけではありませんが、「不当に安く据え置かれている状態」については、法律が明確に禁止しているケースがあります。
2024年11月に施行されたフリーランス保護新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、発注者に対していくつかの義務が課されました。取引条件を書面または電磁的方法で明示すること、成果物を受け取った日から60日以内に報酬を支払うこと、そして継続的な取引において買いたたきや一方的な報酬の減額を行わないこと。つまり、「相場に比べて著しく低い額を一方的に定める」行為は、法律上問題があり得ます。
これ、知らない人が本当に多いんです。制度の運用や相談窓口については公正取引委員会が情報を公開しています。
私が相談を受けた中で印象に残っているのは、月に20点以上のイラストを納品していた方が、発注元から「今期は予算が厳しいので単価を20%下げてほしい」と一方的に通知されたケースです。ご本人は「断ったら切られる」と怯えていましたが、継続的な取引における一方的な報酬減額は、双方の合意なく行えるものではありません。実際には、条件書面を交わし直したうえで、単価は据え置き、代わりに納品点数を調整する形で落ち着きました。法律を知っていたから交渉のテーブルに座れた、という一例です。
ただし注意してほしいのは、法律は「値上げを認めさせる」ためのものではないという点です。あくまで、不当な条件を押し付けられたときの盾です。攻めの交渉材料としてちらつかせると、関係が壊れます。※ 実際に減額や支払い遅延の被害を受けている場合は、厚生労働省が委託して運営しているフリーランス向けの無料相談窓口や、弁護士への相談を検討してください。窓口の案内は厚生労働省のサイトから確認できます。
契約実務の基礎知識を体系的に押さえておきたい場合、ビジネス文書の型を学ぶことも遠回りに見えて役立ちます。見積書や請求書の書式が整っているだけで、交渉相手からの見え方が変わるからです。ビジネス文書検定は、社外文書の敬語や構成を体系的に扱う検定で、値上げ交渉の文面を組み立てる基礎としても使えます。
交渉に失敗したときのリスクを先に潰しておく
値上げを切り出せない最大の理由は、「断られて仕事を失うのが怖い」からです。この恐怖は精神論では消えません。消えるのは、失っても大丈夫な状態を作ったときだけです。
収入源を分散させておく
1社に売上の80%以上を依存している状態では、まともな交渉はできません。相手もそれを感じ取ります。交渉の前に、取引先を3社以上に増やしておく。最大の取引先が売上の50%を下回っていれば、心理的な余裕がまったく違います。
在宅で受けられるイラスト系の仕事の全体像を把握しておくと、分散の計画が立てやすくなります。漫画・同人誌・イラスト制作のお仕事では、キャラクターイラストから漫画制作、同人系まで、在宅で成立する制作案件の種類と求められるスキルが整理されています。自分が今受けているジャンル以外に、どんな受け皿があるかを知っておくだけでも、交渉のときの表情が変わります。
制作以外の領域に軸足を広げる選択肢もあります。AI・マーケティング・セキュリティのお仕事では、生成AIの普及に伴って生まれている在宅案件がまとまっており、イラスト制作と親和性のある画像生成周りの監修やディレクション業務も含まれます。音楽系と組み合わせる方であれば作曲・編曲・効果音・ジングルのお仕事も選択肢になります。
保険で下振れを止める
在宅のフリーランスには、会社員のような傷病手当金がありません。手を痛めて1か月描けなくなれば、収入はそのままゼロに近づきます。値上げ交渉以前に、この下振れを止めておく必要があります。
押さえておきたいのは3つです。1つ目は労災保険の特別加入で、2024年11月以降、業務委託で働くフリーランスも加入対象が広がりました。詳細は厚生労働省の案内で確認できます。2つ目は所得補償保険や就業不能保険で、働けない期間の収入を一定割合カバーします。3つ目は国民年金の付加保険料や国民年金基金による老後の備えで、こちらは日本年金機構で制度を確認できます。金融商品を検討する際は、金融庁が公開している基礎的な資料に目を通してから比較すると、営業トークに流されにくくなります。
保険料は固定費として毎月出ていきますが、この固定費こそが「単価を下げてまで仕事を取らない」という判断を支えます。逆説的ですが、支出の下限を明確にすると、値下げ要求を断る根拠ができます。
生産性を上げて時給を先に改善する
値上げが通らなかった場合でも、実働時間を減らせば時給は上がります。作業フローの見直し、素材のテンプレート化、ラフ段階での確認項目のチェックリスト化。とくに修正回数を減らす仕組みは、単価10%アップと同等の効果を持ちます。
集中できる時間帯の設計も効きます。在宅ワークの集中力アップ|ポモドーロ以外に効く7つのテクニックでは、在宅特有の集中の途切れ方に対して、時間の区切り方以外のアプローチが紹介されています。家庭と作業時間の両立に悩んでいる方は、在宅ワーク主婦の1日のタイムスケジュール公開にある実際の時間配分も参考になります。どちらも、作業時間そのものを減らすための現実的な工夫がまとまっています。
未経験から実績を積む段階での値上げ設計
まだ実績が少ない段階では、そもそも値上げの土俵に乗れません。この時期にやるべきことは、将来の値上げを可能にする準備です。
最も重要なのは、初回の単価を安く設定しすぎないこと。「実績作りのため」と割り切って極端に安く受けた案件は、その相手に対して永久に低単価の基準を作ります。安く受けるなら、点数を絞る、期間を区切る、その代わり実績として公開する許諾をもらう、といった交換条件を必ず付けてください。
もうひとつは、最初から工数を記録する習慣です。実績が少ない時期は案件数も少ないので、記録の負担が軽い。この時期から時給を測っておくと、1年後に交渉するときのデータが自動的にそろっています。後から遡って思い出すのは不可能です。
スキルの幅も、値上げの根拠になります。線画だけでなく着彩まで、静止画だけでなく簡単な動きまで、といった具合に対応範囲を広げると、単価の上限が上がる。ただし、広げすぎて器用貧乏になると単価は上がりません。在宅で成立する仕事の種類と必要スキルを整理した在宅でできる仕事おすすめ【2026年版】|スキル別ランキングを見ると、スキルの掛け合わせがどう単価に効くかの全体像がつかめます。関連分野の資格を持っておくと相手への説明が楽になる場面もあり、たとえば技術系のディレクションに関わるならCCNA(シスコ技術者認定)のような明確な認定が話の入口になることもあります。
年収の観点でも、単価と稼働時間のバランスを見誤らないことが大切です。単価が低いまま稼働時間を増やして年収を保つやり方は、数年で必ず限界が来ます。手が痛む、目が疲れる、集中力が落ちる。値上げは、長く続けるための手段です。
交渉の前に必ず確認しておきたい契約と税務の3点
値上げの話を切り出す前に、足元の書類が整っているかを確認してください。ここが崩れていると、せっかく数字をそろえても「そもそも今の契約はどうなっていましたか」という話に戻され、交渉が一度リセットされます。
1つ目は、取引条件を示した書面の有無です。フリーランス保護新法では、発注者は業務内容、報酬額、支払期日などを書面または電磁的方法で明示する義務を負っています。メールやチャットのログでも要件を満たしますが、条件がバラバラの投稿に散っている状態では実務上使えません。値上げ交渉の前段として「現在の条件をあらためて整理させてください」と伝え、条件を1通のメールにまとめ直してもらうのが有効です。これは値上げの話ではないので相手も断りにくく、しかも整理された条件書面は、次の交渉のたたき台そのものになります。
2つ目は、消費税の扱いです。見積書や請求書で税抜表示なのか税込表示なのかが曖昧なままだと、値上げ幅の議論が噛み合いません。「1枚15,000円」が税込なのか税抜なのかで、手取りは1,500円変わります。課税事業者として適格請求書を発行しているなら、請求書に登録番号、適用税率、税率ごとに区分した消費税額を記載する必要があります。記載要件は国税庁が公開している資料で確認してください。免税事業者のままでいる選択も当然ありますが、その場合は取引先から仕入税額控除の関係で単価調整を持ちかけられることがあります。一方的な減額は前述の通り問題になり得るので、通知が来たら即答せず、条件を書面でもらってから検討してください。
3つ目は、源泉徴収の有無です。デザインやイラストの制作報酬は、支払者が法人などの場合に所得税の源泉徴収の対象となることがあります。源泉徴収されている場合、振込額は請求額より少なくなりますが、これは値引きではなく前払いの税金です。ここを誤解して「勝手に減額された」と抗議してしまうトラブルを、私は何度か見てきました。支払調書や振込明細で内訳を確認し、確定申告で精算する流れを理解しておけば、余計な摩擦を避けられます。手取りベースの時給換算を出すときも、源泉徴収前の金額で計算するのか後で計算するのかを決めておくと、交渉相手との数字がずれません。
この3点は、値上げそのものとは直接関係がないように見えます。ですが実務では、書類が整っている相手ほど条件の相談がスムーズに進みます。発注側から見ると、書式が揃っている取引先は経理処理の手間が少なく、社内での稟議も通しやすいからです。つまり、書類の整備は交渉の準備であると同時に、相手にとってのメリットでもあります。
市場を長く見てきた立場からの観察
20年この市場を見てきた立場から言えば、単価が上がっていく人と、何年経っても同じ金額のままの人の違いは、絵の巧拙よりも「取引条件を文字にしているかどうか」に強く相関しています。見積書を出す、修正回数を明記する、納品後の連絡フローを決めておく。この当たり前の手続きを最初にやっている人ほど、2年目、3年目の値上げがすんなり通っています。逆に、口約束のまま走り出した関係は、金額の話を持ち出す瞬間だけが異様に重くなる。交渉が重いのではなく、条件を文字にしてこなかったツケが、そのタイミングで一度に来ているだけです。
もうひとつ、長く続く人ほど「1枚の絵を売る」よりも「この人に頼むと工程が楽になる」という関係の作り方に時間を使っています。指示の意図を先回りして確認する、納品データの命名規則を相手の運用に合わせる、次の依頼を見越したファイル構成にしておく。こうした工夫は絵そのものの単価には見えませんが、発注側にとっては確実にコストの削減です。だからこそ、値上げを切り出したときに「この人を失うほうが高くつく」という判断につながります。
そして、中間マージンの構造も見過ごせません。仲介が入る取引では、依頼者が支払った金額の一部が手数料として差し引かれ、制作者の手取りはその分薄くなります。同じ予算でも、直接取引であれば依頼者はより多くの点数を頼めますし、制作者の手取りは厚くなる。手数料0%の直接取引が意味を持つのは、金額そのものよりも、この「双方が得をする」構造にあります。運営者として見てきた限りでは、手取りが厚い環境で仕事をしている人ほど、値上げ交渉に対して落ち着いて臨めています。目の前の1件を失う恐怖が小さいからです。
値上げは、相手から奪う行為ではありません。継続的に良い成果物を出し続けるための、必要な条件調整です。そして、条件調整を切り出せる関係こそが、長く続く取引の形です。数字をそろえ、タイミングを選び、文字で伝える。この3つを踏めば、交渉は驚くほど淡々と進みます。法律はあなたの味方です。
よくある質問
Q. 在宅のイラスト制作で、値上げ交渉はどのくらいの幅なら通りやすいですか?
継続案件で初めて切り出す場合は10%前後が最も通りやすい水準です。作業範囲の拡大や2年以上の単価据え置きといった根拠がそろっていれば15%から25%も現実的です。30%を超える場合は単価改定ではなく、基本料金とオプションに分けた料金表への切り替えとして提案すると受け入れられやすくなります。
Q. 値上げの根拠として、どんな数字を用意すればいいですか?
3種類そろえるのが基本です。1つ目は直近3か月の実働時間から算出した時給換算、2つ目は当初想定と実際の修正回数の差、3つ目は職種別の相場データです。自分の実績だけだと作業効率の問題だと反論されるため、第三者の相場情報を必ず添えてください。
Q. 値上げを伝えるのは口頭とメールのどちらがいいですか?
メールが有利です。相手が社内で稟議に回せること、感情のやり取りになりにくいこと、記録が残ることが理由です。感謝、事実、根拠、提案、継続の意思という順で構成し、金額は文章に埋め込まず料金表の形で示します。適用開始日も日付で明記してください。
Q. 値上げを断られて仕事を失うのが不安です。どう備えればいいですか?
交渉前に取引先を3社以上に増やし、最大の取引先が売上の50%を下回る状態を作っておくことが最も効果的です。あわせて労災保険の特別加入や所得補償保険で働けない期間の下振れを止めておくと、目の前の1件を失う恐怖が小さくなり、落ち着いて交渉に臨めます。
この記事について
編集部
監修:@SOHO編集部
2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

この記事を書いた人
長谷川 奈津@SOHO編集部
行政書士・元企業法務
企業法務で数多くのフリーランス契約を扱った経験を活かし、フリーランス向けの法律・契約・権利に関する記事を執筆。「法律はあなたの味方です」がモットー。
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