秘密保持誓約書を交わすときの注意点|有効にする条項と実務の落とし穴


この記事のポイント
- ✓秘密保持誓約書を交わすときの注意点を
- ✓入社時と退職時で変わる内容
- ✓損害賠償や競業避止の書き方
結論から言います。秘密保持誓約書でいちばん多い失敗は、ひな型をそのまま使って「当社の業務上知り得た一切の情報」と書いてしまうことです。範囲が広すぎる条項は、裁判で争われたときに効力を否定される方向に働きます。守らせたい情報を特定していない誓約書は、書類としては存在しているのに、実際には何も守っていません。
秘密保持誓約書は、従業員や業務委託先から会社へ一方的に差し入れてもらう書面です。会社同士で結ぶ秘密保持契約書とは、性質が異なります。この記事では、その違いから始めて、法的に効く条項の作り方、入社時と退職時で内容がどう変わるか、業務委託先に差し入れてもらう場合の注意点、そして署名を求められた側が確認すべきことまで、実務で使う順番で整理します。
秘密保持誓約書と秘密保持契約書の違い
まず用語を整理します。両者は似た名前ですが、使う場面と力の向きが違います。
秘密保持契約書は、会社と会社が取引を検討する段階で、互いに情報を開示し合うために結ぶ双方向の契約です。NDAと呼ばれるのはこちらを指すのが一般的です。どちらも開示側になり、どちらも受領側になるため、義務は双方に課されます。
一方、秘密保持誓約書は、従業員、派遣社員、業務委託先といった個人から会社へ、一方的に差し出される書面です。義務を負うのは差し出した側だけで、会社側に対応する義務はありません。だからこそ、内容が厳しくなりやすい構造を持っています。この点は専門家の説明でも指摘されています。
実際、従業員等から提出される秘密保持誓約書は、一般的な秘密保持契約書よりも縛りが強めであることが多く、秘密情報の定義、従業員や派遣社員等の秘密保持義務、誓約に違反した場合の損害賠償などが規定されます。 出典: hilltop-office.com
縛りが強いこと自体は、会社側の立場としては合理的です。問題は、強くしすぎると効かなくなる点にあります。ここが秘密保持誓約書の難しさで、単に厳しく書けば安全という書類ではありません。
もう1つ押さえておきたいのは、就業規則との関係です。多くの会社は就業規則に秘密保持の規定を置いており、それとは別に個別の誓約書を取っています。二重に見えますが、意味があります。就業規則は会社が一方的に定めるもので、個別の同意を証明しません。誓約書は、本人が内容を読んで署名したという事実を残します。争いになったときに効いてくるのは後者です。ただし、就業規則の規定と誓約書の内容が矛盾していると、どちらが優先するかで揉めます。作るときは、必ず就業規則の該当条項を横に置いて、整合を取ってください。
そして、実務上の最大の誤解を1つ潰しておきます。誓約書を取っていれば情報漏えいを防げる、というのは誤りです。誓約書は、漏れたあとに責任を問うための道具です。漏れること自体を防ぐのは、アクセス権の設定とログの記録、つまり技術と運用の側です。書面と技術は役割が違います。両方が必要です。
法的に効くかどうかを決める要件
秘密保持誓約書が実際に機能するかどうかは、書き方で決まります。専門家の指摘も、ここを問題にしています。
情報の持ち出しや不正利用を防ぐために、従業員から秘密保持誓約書を取得しておくことは現在の企業においては必須事項です。しかし、実際には、安易に作成したために、法律上有効な誓約書にはなっていないケースが多く見られます。 出典: kigyobengo.com
有効性を左右する軸は3つあります。
1つ目は、秘密情報の特定です。「業務上知り得た一切の情報」という包括的な書き方は、範囲が無限になるため、実際の場面で「これは秘密情報に当たるのか」を判定できません。従業員が転職先で同種の業務に就いたときに、頭の中の一般的な知識まで制約することになり、職業選択の自由との衝突が生じます。だから条項を具体化します。顧客名簿、価格表、仕入先の一覧、設計図、ソースコード、未公表の財務情報、といった類型を列挙し、そのうえで「これらに準じるものとして書面等で秘密であることを明示して開示した情報」と受け皿を置く。この構造が実務の標準形です。
2つ目は、期間の合理性です。退職後も無期限に義務を負わせる条項は、争われたときに不利になります。情報の性質によって、価値を持つ期間は異なります。価格表なら1年から2年で陳腐化し、製造技術なら5年以上の意味がある場合もあります。情報の性質に応じて期間を分けて設定するのが妥当です。全部を一律で永久にする条項は、合理性の説明ができません。
3つ目は、会社側の管理実態です。不正競争防止法で営業秘密として保護されるには、秘密として管理されていること、事業に有用であること、公然と知られていないこと、この3つが必要です。誓約書を取っていても、当該情報が社内で誰でも閲覧できる状態で放置されていれば、秘密として管理されていたと認められません。つまり、書面の文言だけでは足りず、アクセス制限、区分表示、持ち出しの記録といった運用が伴っている必要があります。ここを技術面から支える設計については、中小企業のサイバーセキュリティ対策2026|IT導入補助金で防御力を強化する方法で、規模に応じた導入の順番として整理されています。
正直なところ、この3つ目が最も抜けています。書面を整えることに労力を使い、実際の情報の置き場所を整えない。それでは誓約書は紙のままです。
入社時、在職中、退職時で内容は変わります
秘密保持誓約書は、1回取れば終わりではありません。タイミングごとに目的が違うため、内容も変えます。
入社時の誓約書は、全体像を示すものです。何が秘密情報に当たるか、在職中の取扱い方法、退職後も義務が続くこと、違反した場合の措置、という骨格を提示します。ここで重要なのは、入社時点では本人がまだ具体的な情報に触れていないため、特定の情報を細かく指定できないことです。だから類型の列挙になります。
在職中の誓約書は、特定のプロジェクトや役職に就くタイミングで取ります。開発プロジェクトに参加する、合併の検討に関与する、顧客データを扱う部署に異動する、といった場面です。ここでは対象が具体的なので、情報を明確に指定できます。プロジェクト名、対象システム、扱う顧客の範囲を書き込めるため、入社時の誓約書より有効性が高くなります。争いになったときに強いのはこちらです。重要な情報を扱わせる前に、個別に取る。この運用ができている会社は、実はそれほど多くありません。
退職時の誓約書が、最も揉めます。退職を決めた人に対して、追加で義務を課す書面への署名を求めることになるからです。ここで押さえるべき点が3つあります。
第一に、退職時の誓約書は、在職中に取った誓約書の内容を確認する位置づけにすると通りやすくなります。新たに義務を追加するのではなく、既に負っている義務の対象を具体化する。返却すべき資料の一覧、削除すべきデータの範囲、持ち出していないことの確認、という形です。
第二に、署名を拒まれる可能性を想定しておく必要があります。退職は本人の権利なので、署名を強制できません。署名しない場合でも、就業規則と在職中の誓約書に基づく義務は残ります。だから在職中の書面が重要になるのです。退職時だけに頼る設計は脆弱です。
第三に、返却と削除の手続きを書面と同時に実行することです。貸与した端末、鍵、入館証の返却、業務で使ったクラウドサービスのアカウント削除、私物の端末に残っているデータの削除、これらを退職日当日のチェックリストにします。誓約書に署名してもらっても、アカウントが生きていれば意味がありません。退職者のアカウント残留は、実際に事故として頻発している項目です。
実務で問題になる条項の書き方
具体的な条項ごとに、落としどころを整理します。
秘密情報の定義については前述したとおりですが、除外事由も必ず入れてください。すでに公知の情報、本人が独自に知っていた情報、正当な権限のある第三者から取得した情報、法令に基づき開示を求められた情報は、義務の対象から外します。除外がないと範囲が不合理に広くなり、条項全体の有効性が疑われます。
損害賠償の条項は、書き方で結果が変わります。「違約金として金500万円を支払う」という金額を固定する方式は、額が実際の損害と乖離していると、その部分が無効と判断されることがあります。実務では、実際に生じた損害の賠償を請求できる旨を書き、あわせて差止めを求められる旨を入れるのが安全です。金額を書くことの本当の効果は、心理的な抑止です。効果を狙うなら、業務の内容と情報の価値に見合う水準にとどめてください。
競業避止義務は、秘密保持とは別の条項です。ここを混同している誓約書をよく見ます。秘密保持は情報を使わない義務、競業避止は同種の仕事に就かない義務です。後者は職業選択の自由を制約するため、有効と認められる条件が厳しくなります。制約する期間、地域、職種の範囲を限定し、代償となる措置を用意することが求められます。役職に関係なく全従業員に一律で競業避止を課す条項は、有効性が低いと考えてください。分けて書き、対象者を絞るのが正しい設計です。
第三者への開示禁止と、再委託の扱いも書きます。業務委託先が作業の一部を別の事業者に出す場合、その先まで同等の義務を負わせる必要があります。「再委託する場合は事前に書面で承諾を得ること」「再委託先に本誓約書と同等の義務を負わせること」の2文を入れておくだけで、抜け道が塞がります。
データの持ち出しに関する条項も、現代的な文言に更新してください。書類のコピーを禁止するだけの古い文言では足りません。私物の端末での業務、クラウドストレージへの保存、個人のメールアドレスへの転送、生成AIサービスへの入力、これらを明示的に扱う必要があります。特に最後の1つは、多くのひな型が対応できていない部分です。社内の情報を外部のAIサービスに入力する行為を、許可するのか、条件付きにするのか、禁止するのか。方針を決めて書面に落としてください。
社内文書としての書き方の水準も、実は効果に関わります。誰が何をいつまでにするのかが読み取れない文書は、署名されても守られません。文書の構成と表現の型を確認する指標として、ビジネス文書検定の学習範囲が参考になります。
業務委託先やフリーランスに差し入れてもらう場合
外部の個人に業務を委託する場合、従業員向けのひな型をそのまま使うのは適切ではありません。立場が違うためです。
第一の違いは、指揮命令の関係がないことです。従業員向けの誓約書には、業務命令に従うことを前提にした文言が入っています。これを業務委託先に署名させると、実質的な指揮命令があったと評価される材料になり、契約の性質そのものを争われる余地が生じます。委託先向けの書面は、従業員向けとは別に用意してください。
第二の違いは、他社の業務との並行です。フリーランスは複数の取引先を持つのが通常であり、同業他社の仕事を受けることもあります。ここで従業員向けの競業避止条項を持ち込むと、相手の事業そのものを止めることになり、受け入れられません。必要なのは競業の禁止ではなく、この案件で知った情報を他の案件に使わないという情報の遮断です。書くべきは秘密保持の徹底であって、競業避止ではありません。
第三の違いは、作業環境です。委託先は自分の端末と自分が契約したクラウドサービスを使って作業します。したがって、データをどこに置くか、作業後にどう削除するか、納品後にどのくらい保持するかを、具体的に取り決める必要があります。「作業終了後速やかに削除する」だけでは、実際に何をすればよいか分かりません。「納品検収後30日以内に、貸与データと複製物を削除し、削除完了を書面またはメールで報告する」といった水準まで書くと、双方が動けます。
第四に、対価と負担の釣り合いです。取引条件の適正化を求める法制度の整備が進む中で、一方的に重い義務だけを課す書面は、取引上の問題として扱われる可能性があります。セキュリティ要件を厳しくするなら、その対応にかかる工数を報酬に織り込む。これが実務上も、関係を続けるうえでも正解です。
どのような業務でどの程度の情報が渡るのかは、業務の種類によって大きく違います。たとえばAIコンサル・業務活用支援のお仕事の領域では、社内の業務手順そのものを預けることになるため、扱う情報の機密度が高くなります。委託する側は、業務内容に応じて書面の強度を調整してください。
署名を求められた側が確認すべきこと
ここからは、誓約書を差し出す立場の話です。求められたら読まずに署名する、という対応は避けてください。確認するのは5点だけです。
1つ目は、秘密情報の範囲です。「一切の情報」と書かれている場合は、具体化を求めてよいのです。自分が既に持っている知識や、一般的な技術情報が対象に含まれると、次の仕事ができなくなります。「本件業務を通じて開示された情報」に限定してもらう、あるいは除外事由を明記してもらう。この交渉は、不当な要求ではありません。
2つ目は、期間です。無期限になっていないか、情報の性質に見合っているかを見ます。数年の範囲であれば通常は受け入れて構いません。
3つ目は、損害賠償の条項です。具体的な違約金の額が書かれている場合、その額が自分の受け取る報酬と釣り合っているかを考えてください。報酬が数十万円の案件で違約金が数千万円という条項は、釣り合いを欠いています。上限を設けてもらうか、実損害の賠償に改めてもらう交渉が妥当です。
4つ目は、競業避止の条項が混ざっていないかです。「契約終了後2年間は同種の業務を行わない」という文言が入っていたら、そこは削除または限定を求めてください。同業の仕事を受けられなくなると、事業の継続そのものが困難になります。
5つ目は、自分が守れる内容かどうかです。作業用の端末を業務専用にする、特定のクラウドサービスを使わない、といった要件が入っている場合、実際に自分の環境で対応できるかを確認します。守れない条項に署名するのは、後で自分が不利になるだけです。対応にコストがかかるなら、報酬の交渉材料にしてください。
職種ごとの報酬の相場を知っておくと、この釣り合いの判断が具体的になります。文章を扱う仕事であれば著述家,記者,編集者の年収・単価相場で、年収の分布と単価の目安を確認できます。相場に対して報酬が低いのに、要求される管理の水準だけが高い案件は、条件を見直してもらうべき対象です。
運用でつまずくところ
書面が整っても、運用でつまずくと効力が下がります。実際に問題になる点を挙げます。
第一に、保管です。署名した誓約書の原本がどこにあるか分からない、という状態は珍しくありません。争いになったときに提出できなければ、取っていないのと同じです。誰が保管するか、電子化するか、保管期間をいつまでにするかを決めてください。退職者の分は、義務が続く期間より長く保管する必要があります。
第二に、周知です。何が秘密情報に当たるかを従業員が知らなければ、守りようがありません。文書やファイルに機密の表示を付ける、共有フォルダの区分を明示する、といった日常の運用が、そのまま秘密管理性の証明になります。表示のない情報を後から秘密情報だと主張するのは困難です。
第三に、アクセス権の設計です。全員が全部を見られる状態では、管理していると言えません。職務に必要な範囲に絞る、退職や異動のときに権限を外す、閲覧とダウンロードの記録を残す。この3つが、書面を支える実体です。そして情報が外へ出る経路として最も多いのは、システムの不備ではなく人への働きかけです。取引先を装ったメールで送信させる手口に対しては、書面ではなく訓練が効きます。従業員教育の設計と成果の測り方は、社員のセキュリティ意識を向上させるフィッシングメール模擬訓練の効果|2026年最新の従業員教育ガイドが、実施の流れとして整理しています。
第四に、認証です。情報の置き場所に鍵がかかっていても、鍵そのものが弱ければ意味がありません。IDとパスワードだけで守っている重要な情報は、実質的に守られていないと考えてください。認証方式の選び方は、MFA(多要素認証)導入のメリットと製品比較|2026年の認証セキュリティ決定版で、製品ごとの違いとして整理されています。
第五に、電子契約での交わし方です。誓約書を電子データで取る場合、誰がいつ同意したかを証明できる形にしてください。メール本文で「了解しました」と返信させる形は、内容への同意を示す証拠としては弱くなります。電子署名の仕組みを使うか、少なくとも書面のファイルを添付し、内容を確認したうえで同意する旨を明示的に返信させる形にします。そして、その記録を保管場所に紐づけます。
誓約書を作る手順と、社内で通すときの段取り
ここまでの内容を、実際に作る手順に落とします。順番どおりに進めれば、法務の専門家に相談する前の下ごしらえが終わります。
第1段階は、守りたい情報の棚卸しです。部署ごとに、外に出たら困る情報を挙げてもらいます。ここで「全部」と答えてくる部署があったら、具体名を3つに絞るよう求めてください。絞れないのは、まだ整理できていないということです。挙がった情報は、顧客の情報、取引条件、技術と設計、人事と組織、未公表の経営情報という5つの区分に分けると扱いやすくなります。
第2段階は、その情報が今どこにあるかの確認です。共有フォルダ、クラウドサービス、個人の端末、紙の書類、外部の委託先という5か所を見ます。ここで、想定していなかった場所に重要な情報が置かれていることがほぼ必ず見つかります。私が関わった案件でも、価格表の最新版が担当者個人のクラウドストレージにしか存在しない、という状態が出てきました。書面を整える前にこれを直さないと、秘密として管理していたという主張が成り立ちません。
第3段階は、対象者の整理です。全従業員に一律の内容で取るのか、役職や職務で分けるのか。分ける場合は、誰にどの段階で取るかを表にします。入社時は全員、プロジェクト参加時は該当者、退職時は全員、という3層の設計が実務の標準です。業務委託先は別の書面を用意します。
第4段階が、条項の作成です。ここで初めてひな型を開きます。順番が逆になっている会社が多いのですが、ひな型を先に開くと、自社の実情に合わせる作業が省略されます。第1段階で挙げた情報の具体名を、そのまま条項に入れてください。
第5段階は、社内での説明です。署名を求めるときに理由を説明しない会社は、形式だけの書類になります。何を守るためか、違反すると何が起きるか、日常業務で何をすればよいか、この3点を短く伝えます。所要時間は15分ほどの説明で足ります。説明を挟むだけで、署名後の運用が目に見えて変わります。
第6段階は、見直しの周期を決めることです。年に1回、扱う情報と条項の対応を確認します。新しいサービスを導入したとき、外部のAIサービスを業務で使い始めたとき、委託先が増えたときは、その都度見直しの対象です。
実務で判断が分かれる場面の整理
実務で繰り返し判断を求められる論点を、まとめて処理しておきます。
署名を拒否されたらどうするか。まず理由を聞いてください。内容が広すぎる、期間が無期限、違約金が過大という理由なら、指摘は正当である可能性が高く、条項を見直す好機です。理由の説明もなく拒否される場合は、就業規則の秘密保持規定に基づく義務が残ることを伝え、記録を残します。署名を強制する手段はありません。だからこそ、条項を受け入れられる内容にしておくことが実効性につながります。
すでに古いひな型で取ってしまった分はどうするか。作り直して取り直すのが理想ですが、全員から再取得するのは負担が大きいでしょう。現実的には、新規の入社者と、重要な情報を扱う職務に就く人から新しい書面に切り替え、既存分は就業規則の改定で補います。優先順位を付けて進めてください。
派遣社員や出向者はどう扱うか。派遣社員の場合、雇用関係は派遣元にあるため、派遣元との契約に秘密保持の条項を置くことが基本です。そのうえで、本人からも直接誓約書を取る運用が広く行われています。出向者は出向元と出向先の双方の規程が関わるため、どちらの義務が適用されるかを出向契約で明確にしておく必要があります。
退職者が競合に転職した場合はどうするか。まず確認するのは、その人が具体的にどの情報を持ち出したかという事実です。転職した事実だけでは、秘密保持義務の違反を主張できません。持ち出しの記録、ダウンロードのログ、メール送信の記録といった証跡が必要です。逆に言えば、この証跡を残す仕組みがないと、誓約書があっても動けません。
海外の取引先や海外在住の委託先の場合はどうするか。適用する法律と、争いになったときの解決手段をどこにするかを明記してください。これがないと、書面の効力を主張する場所自体が定まりません。あわせて、その国の個人情報の取り扱いに関する規制も確認が必要です。
独自データから見える考察
在宅ワークと業務委託の市場を20年にわたって運営してきた立場から言えば、秘密保持誓約書で揉める案件には共通点があります。書面の文言が原因ではなく、渡す情報の範囲を最初に決めていないことが原因なのです。
運営者として見てきた限りでは、トラブルになる案件では、作業を進めるうちに「これも見せたほうが早い」という判断が重なって、当初の想定を超えた情報が渡っています。そして終わったあとに、渡した範囲が誰にも分からなくなる。逆に、長く同じ相手と続けている依頼者は、最初に渡す情報の一覧を決めていて、追加で渡すときは記録を残しています。書面より先に、この運用があるかどうかで結果が分かれます。
もう1つ、市場の構造として観察していることを書きます。取引の間に事業者が何層も入ると、情報を渡す相手の顔が見えなくなります。誰が実際に作業しているのか、その人がどんな環境で作業しているのかを、依頼者は把握できません。手数料0%で直接やり取りをする形の価値は、受け取る金額だけではないのです。同じ予算で依頼する側はより多くを頼めて、受ける側の手取りは厚くなる。そのうえで、情報を渡す相手が特定されているため、秘密保持の実効性が上がります。誓約書に署名した人と、実際に作業する人が同じであること。これは書面の文言では作れず、取引の形で決まります。
最後に、実務的な助言を1つ書きます。秘密保持誓約書を作るとき、法務の観点から完璧な条項を目指す前に、社内で「守りたい情報は何か」を3つ挙げてみてください。顧客名簿、価格表、開発中の仕様、といった具体名です。3つ挙がったら、その3つが今どこに保存され、誰が見られる状態かを確認します。ここで必ず、想定外の場所に置かれていることが見つかります。書面を整えるより先に、この確認をしたほうが漏えいは減ります。誓約書は責任を問うための備えであって、漏れを止めるのは情報の置き場所の管理だという順番を、忘れないでください。
よくある質問
Q. 秘密保持誓約書と秘密保持契約書は何が違いますか?
契約書は会社同士が互いに義務を負う双方向の契約で、NDAと呼ばれるのはこちらです。誓約書は従業員や業務委託先から会社へ一方的に差し入れる書面で、義務を負うのは差し出した側だけです。そのため内容が厳しくなりやすく、範囲が広すぎると効力を否定される方向に働きます。
Q. 「業務上知り得た一切の情報」と書くのは問題がありますか?
問題があります。範囲が無限になるため何が対象か判定できず、争われたときに有効性を疑われます。顧客名簿、価格表、設計図などの類型を列挙し、書面で秘密と明示して開示した情報を受け皿に置く形にしてください。公知の情報などの除外事由も必ず入れます。
Q. 退職後も無期限に秘密保持義務を負わせてよいですか?
一律で無期限にするのは避けてください。情報の性質によって価値を持つ期間は異なり、価格表なら1年から2年、製造技術なら5年以上といった差があります。情報の種類ごとに期間を分けて設定するほうが、合理性の説明ができて実効性も高まります。
Q. 業務委託先に従業員向けのひな型を使ってもよいですか?
適切ではありません。従業員向けには指揮命令を前提にした文言が入っており、契約の性質を争われる材料になります。また競業避止条項は複数の取引先を持つ相手には受け入れられません。委託先には情報の遮断と削除手順を具体的に定めた別の書面を用意してください。
この記事について
編集部
監修:@SOHO編集部
2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

この記事を書いた人
朝比奈 蒼@SOHO編集部
ITメディア編集者
IT系メディアで編集・ライティングを担当。クラウドソーシング業界の動向やサービス比較など、客観的な視点での記事を執筆しています。
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