デザイナーの著作者人格権不行使条項とは何か|サインする意味と交渉 2026

長谷川 奈津
長谷川 奈津
デザイナーの著作者人格権不行使条項とは何か|サインする意味と交渉 2026

この記事のポイント

  • 著作者人格権 不行使 条項の意味をデザイナー・クリエイター向けに解説
  • サインする前に確認すべきリスクと交渉のポイント
  • 条文例まで行政書士がわかりやすく説明します

契約書の隅に小さく書かれた「著作者人格権を行使しない」という一文。デザイナーやライター、エンジニアとして仕事を受けている方なら、一度は目にしたことがあるはずです。著作者人格権 不行使 条項とは、簡単に言えば「あなたが作った成果物について、公表の仕方や改変のされ方に文句を言わない」と約束する条項のこと。この記事では、なぜこの条項が契約書に入っているのか、サインしても本当に大丈夫なのか、交渉の余地はあるのかを、行政書士としての実務経験を踏まえて解説します。

著作者人格権 不行使 条項が急速に注目される背景

先日、あるイラストレーターさんから相談を受けました。「納品したイラストが、依頼時と全然違う色味・レイアウトで公式サイトに使われていた。抗議したら『不行使特約にサインしていますよね』と言われて、何も言えなくなった」と。結論から言うと、これは契約の内容次第で"泣き寝入り"にも"想定内"にもなる話です。つまり、条項の中身を理解せずにサインしているかどうかが、後々の明暗を分けるんです。

フリーランス保護新法の施行以降、業務委託契約書の中身を細かく確認する受注者が増えました。これまで「よくあるひな形だから」と流し読みされがちだった著作者人格権不行使条項も、ようやく注目され始めています。特にデザイン制作、Webサイト構築、ロゴ制作、動画編集といった、成果物の「見え方」が事業者のブランドイメージに直結する分野では、発注者側がこの条項を必ずと言っていいほど契約書に入れてきます。

行政書士として契約書チェックの相談を受ける中で、この条項に関する質問は明らかに増えています。市場全体で見ても、フリーランス・副業人材の活用が広がるにつれて、著作権まわりの契約トラブルの相談件数は増加傾向にあると各所の相談窓口でも報告されています。「知らないうちにサインしていた」「意味を理解せずに合意していた」というケースが後を絶たないのが実情です。これ、知らない人が本当に多いんです。

背景には、副業・フリーランスとして働く人の裾野が広がったことに加え、契約書そのものを電子契約サービスでやり取りする機会が増えたことも影響していると感じます。紙の契約書であれば押印前に一度立ち止まって読む機会がありましたが、電子契約はクリック一つで完了してしまうため、条項をじっくり読まないまま合意してしまうケースが増えているのではないか、というのが現場の実感です。特にクリエイティブ職やシステム開発職では、案件を継続的に受注する中で「毎回似たような契約書だから」と流し読みが習慣化してしまいがちです。だからこそ、著作者人格権に関する条項だけは、案件ごとに立ち止まって確認する癖をつけておくことをおすすめします。

著作者人格権とは何か 基本の3つの権利

まず前提を整理しましょう。著作権は大きく分けて「著作財産権」と「著作者人格権」の2種類があります。著作財産権は複製・公衆送信・譲渡といった、いわば"お金に関わる権利"で、契約により他人に譲渡することができます。一方の著作者人格権は、著作者の名誉や人格的利益を守るための権利で、著作者本人から切り離すことができません。これを「一身専属性」と呼びます。

著作者人格権には主に3つの権利があります。1つ目は「公表権」。まだ公表されていない著作物を、いつ・どのような形で公表するか決める権利です。2つ目は「氏名表示権」。著作物に自分の実名やペンネームを表示するか、あるいは無名で発表するかを決める権利です。3つ目は「同一性保持権」。自分の意に反して著作物のタイトルや内容を改変されない権利です。

つまり、著作財産権を発注者にすべて譲渡していても、著作者人格権は制作者本人に残り続けます。ロゴを納品して代金を受け取った後でも、法律上は「勝手に色を変えられたくない」「無断でトリミングしないでほしい」と主張できる立場が制作者側に残るわけです。この状態が発注者にとって都合が悪いため、「不行使特約」という形で対応するのが実務の定石になっています。

行政書士の立場で言えば、この「著作財産権は譲渡できるが、著作者人格権は譲渡できない」という基本構造こそが、契約実務のあらゆる論点の出発点になります。ここを理解しないまま契約書を読むと、「権利を譲渡した以上、もう何も言えない」あるいは逆に「人格権があるからいくらでも文句を言える」という両極端な誤解に陥りがちです。実際にはその中間、つまり「権利は残るが行使しないと約束している」という状態を正しく理解することが、契約書を読み解く出発点になります。この基本構造を押さえておくだけで、条項の一つ一つが何のために存在するのかが見えてきます。

著作者人格権不行使特約とは何か なぜ契約書に入れるのか

不行使特約とは、著作者人格権そのものを譲渡する条項ではありません。著作者人格権は法律上譲渡できないため、「権利は自分のもとに残るが、行使はしない」と約束する契約条項です。

著作者人格権不行使条項は、著作者が公表権・氏名表示権・同一性保持権などの著作者人格権を契約相手方等に対して行使しないことを定める条文です。 出典: mysign.jp

発注者側の立場に立って考えると、この条項が必要な理由がよく分かります。たとえばシステム開発を委託した企業は、納品されたプログラムを事業拡大にあわせて改修したり、担当者名を表示せずに社内システムとして運用したりする必要があります。デザイン制作を依頼した企業も、ロゴやWebサイトのデザインを将来的にリニューアルする可能性があります。こうした「後から手を加える」「表示方法を変える」といった通常の事業運営が、著作者人格権の行使によって止められてしまうと、事業として成り立ちません。

著作者人格権不行使条項は、成果物の公表方法や改変、表示方法などについて、著作者人格権の行使による利用制限が生じないようにするための条文です。特に制作委託契約やシステム開発契約、デザイン契約などでは、成果物の改変や再利用が予定されることが多いため重要になります。 出典: mysign.jp

つまり、不行使特約自体は「悪い条項」ではありません。ビジネス上の合理性がある、ごく一般的な取引慣行です。問題になるのは、条項の範囲があいまいだったり、著しく受注者側に不利な内容になっていたりする場合です。ここを見極める目を持つことが大切になります。

不行使特約の条文例とパターン

実務でよく使われる不行使特約には、いくつかの典型パターンがあります。もっとも一般的なのは、成果物全般について包括的に不行使を定めるタイプです。「甲(発注者)は、乙(受注者)が本件成果物について有する著作者人格権を行使しないものとする」というシンプルな一文で、公表権・氏名表示権・同一性保持権のすべてをまとめて対象にします。

もう一つは、権利ごとに個別に列挙するタイプです。「乙は、甲に対し、本件成果物に係る公表権、氏名表示権及び同一性保持権を行使しない」というように、3つの権利を明記します。個別列挙型は、後から「この権利は対象外だったのでは」という争いを防ぎやすいというメリットがあります。

さらに丁寧な契約書では、不行使の範囲を限定するパターンも見られます。たとえば「甲は、本件成果物を通常の事業運営の範囲内で利用する場合に限り、乙は著作者人格権を行使しない」といった形で、無制限の改変を許すのではなく、事業目的の範囲に絞る書き方です。フリーランス側から見ると、この限定型のほうが安心して合意できます。

条文を確認する際は、対象となる著作物の範囲、不行使の対象となる権利の種類、そして期間や地域の限定があるかどうかをチェックしましょう。範囲が無限定な条項ほど、後々のトラブルリスクが高まります。

著作権譲渡条項と不行使特約の違いを混同しない

契約書チェックの相談でよく見かける誤解が、「著作財産権を譲渡したのだから、著作者人格権も一緒に相手に移った」という思い込みです。繰り返しになりますが、著作者人格権は一身専属性を持つため、契約でどれだけ丁寧に書いても、権利そのものを他人に譲渡することはできません。できるのは「権利を行使しないと約束する」ことだけです。この違いを理解していないと、契約書の読み方そのものがずれてしまいます。

実務上、業務委託契約書には「著作権法第27条及び第28条に定める権利を含む一切の著作権を甲に譲渡する」という著作財産権の譲渡条項と、「乙は甲に対し著作者人格権を行使しない」という不行使特約が、セットで並んでいることがほとんどです。前者は権利そのものの移転、後者は権利を残したまま行使しない約束という、性質のまったく異なる2つの条項が並んでいることを意識してください。片方だけを見て「著作権はすべて相手のもの」と早合点しないことが、契約書を正しく理解する第一歩になります。

また、著作財産権の譲渡についても注意点があります。著作権法上、譲渡契約に「翻案権等(第27条)」及び「二次的著作物の利用に関する権利(第28条)」を含む旨の明記がない場合、これらの権利は譲渡した側(制作者側)に留保されたものと推定される規定があります。つまり、契約書に「一切の著作権を譲渡する」とだけ書かれていて、第27条・第28条への言及がない場合、法律上は改変や二次利用に関する権利がまだ制作者側に残っている可能性があるということです。この点も、契約書を読み解くうえで見落としやすいポイントの一つです。

不行使特約が必要になる具体的な場面

実際にどのような場面で不行使特約が問題になるのか、具体的に見ていきましょう。よくあるのはWebデザインの制作案件です。企業サイトのデザインを受注し、納品後に企業側がロゴの位置やカラーを変更してリニューアルする。この際、デザイナーが同一性保持権を根拠に「勝手に変えないでほしい」と主張できてしまうと、企業は自由にサイトを運用できなくなります。だからこそ、多くの制作委託契約に不行使特約が組み込まれているのです。

もう一つの典型例が、システム開発やアプリ開発の分野です。エンジニアが開発したプログラムのソースコードは著作物であり、氏名表示権や同一性保持権が発生します。しかし発注企業は、機能追加や不具合修正のたびに社内エンジニアがコードを改変する必要があります。不行使特約がなければ、外部エンジニアの人格権が社内改修のたびに問題になりかねません。こうした背景から、アプリケーション開発のお仕事のようなシステム開発案件では、著作者人格権不行使条項がほぼ標準的に契約書へ盛り込まれています。

ライティング業務でも同様の論点があります。企業のオウンドメディア記事を執筆した場合、企業側が後から表現を修正したり、執筆者名を出さずに公開したりすることがあります。ライター側が同一性保持権や氏名表示権を根拠に修正を拒否できてしまうと、コンテンツ運用の柔軟性が失われるため、不行使特約が結ばれるケースが一般的です。

近年ではAIコンサルティングやAI導入支援の分野でも、成果物として作成した業務マニュアルやプロンプト設計書などに不行使特約が付されることが増えています。AIコンサル・業務活用支援のお仕事のような案件では、納品後に社内で継続的にマニュアルを更新していく前提があるため、あらかじめ改変の自由度を確保しておく必要があるからです。

不行使特約を結ぶ際の注意点

ここからは、不行使特約にサインする際に確認しておくべき注意点を整理します。まず大前提として、不行使特約自体は違法でも異常でもありません。ただし、次のようなケースでは特に慎重な確認が必要です。

1つ目は、成果物の範囲が広すぎる場合です。「本契約に関連して乙が作成した一切の著作物」というように、対象範囲が本来の依頼内容を超えて広く定義されていないか確認しましょう。ポートフォリオへの掲載や、他案件への転用にまで影響が及ぶ可能性があります。

2つ目は、氏名表示権の扱いです。特にクリエイティブ職の場合、実績として名前を残したい人は多いはずです。不行使特約で氏名表示権も一律に放棄させられると、後からポートフォリオに掲載したくても「無断使用」扱いされかねません。契約書に「別途合意がある場合を除き」といった留保がついているかを確認するのがポイントです。

3つ目は、名誉毀損的な改変への対応です。同一性保持権を完全に放棄すると、理論上は制作者の意図とまったく異なる文脈、たとえば品位を損なうような使われ方をされても法的に争いにくくなります。実務上そこまで極端な改変が行われることは稀ですが、リスクとしては認識しておくべきです。

また、契約の相手方だけでなく、第三者に対する不行使合意も考慮する必要があります。実務上は、著作者が第三者に対して著作者人格権を行使することが信義則や権利濫用に該当する場合、不行使特約が第三者に対しても有効であると解されることがあります。したがって、契約書において第三者のためにする契約であることを明記し、第三者が利益を受ける意思表示をした場合に効力を発生させる条項を設けることが望ましいでしょう。 出典: chosakukenhou.jp

つまり、契約相手だけでなく、その先の第三者(発注企業のクライアントや協力会社など)にまで不行使の効力が及ぶかどうかも、契約書の書き方次第で変わってくるということです。この論点は専門的な判断が必要になるため、疑問がある場合は必ず弁護士に相談してください。

不行使特約に関するよくあるトラブル事例

実際に相談を受けた事例をもとに、匿名化した形でよくあるトラブルパターンを紹介します。あるWebデザイナーの方は、企業サイトのトップページデザインを制作しました。契約書には不行使特約があり、氏名表示権も対象に含まれていました。半年後、そのデザインを大幅に流用したページが別の系列会社サイトにも展開され、デザイナーの実績として一切表示されていないことに気づきました。契約上は違法ではありませんでしたが、「実績として使えないなら早く言ってほしかった」というのが本人の率直な感想でした。

別のケースでは、ロゴ制作を受注したデザイナーが、納品後に発注企業から「色味を変えて別事業でも使いたい」と言われました。契約書の不行使特約には「本件成果物を通常の事業運営の範囲内で利用する場合」という限定がついていたため、デザイナー側は「別事業での使用は契約範囲外ではないか」と指摘し、追加費用の交渉に成功しました。範囲が限定された条項だったからこそ、交渉の余地が生まれた好例です。

もう一つ、動画編集者から相談を受けた事例も紹介します。企業のプロモーション動画を制作し、不行使特約付きの契約書にサインしました。数ヶ月後、その動画がSNS広告用に大幅にトリミングされ、本来のメッセージ性が損なわれた形で配信されているのを発見しました。編集者本人としては「作品として見せたくない形」でしたが、同一性保持権が不行使の対象に含まれていたため、法的に差し止めることは困難でした。この方は結果的に、以後の契約では「SNS等への二次利用を行う場合は事前に一報する」という努力義務規定を追加してもらう交渉を行うようになったそうです。完全に権利を取り戻すことは難しくても、運用上の配慮を約束させる形で折り合いをつける方法もあるということです。

この3つの事例からわかるのは、不行使特約の「範囲の書き方」ひとつで、後のトラブルの起こりやすさも交渉力もまったく変わってくるということです。サインする前に、範囲を限定できないか、あるいは運用上の配慮を約束してもらえないか、聞いてみる価値は十分にあります。

※このような契約条項の解釈や交渉方法について不安がある場合は、必ず弁護士または行政書士などの専門家に個別相談してください。この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の契約書の適法性を保証するものではありません。

契約書作成にかかる費用と無料テンプレートの活用

契約書のひな形は、無料で入手できるものも数多く存在します。電子契約サービスや士業事務所の公式サイトでは、著作者人格権不行使条項を含む業務委託契約書のテンプレートが無料公開されていることがあります。まずはこうした無料テンプレートを参照し、自分の契約書に含まれる条項と見比べてみることをおすすめします。

一方で、案件の規模が大きい、あるいは著作権の扱いが複雑な契約については、専門家によるチェックを受けたほうが安心です。行政書士や弁護士に契約書のリーガルチェックを依頼する場合の費用は、契約書1件あたり1万円〜5万円程度が相場です。継続的に契約書を扱う業種であれば、顧問契約を結んで月額数万円で都度相談できる体制を作る選択肢もあります。無料テンプレートで大枠を把握しつつ、重要な契約だけ専門家に確認してもらうという使い分けが、コストと安心感のバランスが取れたやり方だと感じています。

契約書チェックツールを使う方法も一般化してきました。AIを活用した契約書レビューツールでは、不行使特約のようなリスク条項を自動で検出し、注意喚起してくれるものもあります。ただし、AIツールはあくまで一次スクリーニングとして活用し、最終判断は必ず人の目、できれば専門家の目で確認することを勧めます。契約書は一度サインすると取り返しがつかない場面が多いからです。

無料テンプレートを使う際にも、いくつか気をつけておきたい点があります。まず、テンプレートはあくまで「一般的なひな形」であり、自分の業種や取引形態に完全に合致しているとは限りません。特に著作者人格権不行使条項は、成果物の性質(デザイン・文章・プログラム・映像など)によって適切な範囲が変わってくるため、そのまま流用するのではなく、自分の案件に合わせて文言を調整する意識を持つことが大切です。次に、テンプレートの発行元が誰かを確認しましょう。士業事務所や電子契約サービスが監修しているテンプレートは比較的信頼性が高い一方、出所不明のテンプレートをそのまま使うのはリスクがあります。最後に、テンプレートを使った場合でも、重要な契約であれば一度は専門家の目を通すことをおすすめします。無料と有料をうまく使い分けることが、コストを抑えながらリスクを減らす現実的な方法です。

交渉のポイント サインする前に確認すべきこと

不行使特約にサインする前に、実務でチェックすべきポイントを整理します。

まず、対象となる権利の範囲を確認しましょう。公表権・氏名表示権・同一性保持権のすべてが一律に不行使とされているのか、それとも一部に限定されているのかを読み解きます。特に氏名表示権については、ポートフォリオ掲載の可否に直結するため、必要であれば「実績としての紹介・掲載は妨げない」旨の一文を追加してもらう交渉をしてみる価値があります。

次に、利用範囲の限定があるかを確認します。「本件成果物の通常の事業運営の範囲内」といった限定文言があれば、無制限の転用や名誉を損なう改変への一定の歯止めになります。限定文言がない場合、追記できないか交渉してみましょう。

そして、報酬や取引条件とのバランスも重要な視点です。不行使特約の範囲が広く受注者に不利な内容であるほど、その分の対価が報酬に反映されているかを確認する姿勢も必要です。フリーランス保護新法により、業務委託の内容や報酬額の明示義務が発注者側に課されるようになりましたが、著作権の扱いについても「口約束」ではなく必ず書面で確認する習慣をつけてください。

交渉の場面で使える具体的な言い回しも紹介しておきます。「不行使特約の範囲を、本件成果物の通常利用の範囲に限定していただけますか」「氏名表示権については、実績紹介やポートフォリオ掲載の場合を除外していただけますか」といった形で、条項の削除ではなく"範囲の調整"を提案するのが現実的です。発注者側にとっても、事業運営に必要な範囲だけを確保できれば十分なケースが多いため、こうした調整提案は意外と受け入れられやすい傾向があります。

一方で、交渉が難しい場面もあります。大手企業との取引や、すでに社内規定として不行使特約の文言が固定化されている発注元の場合、個別の文言修正には応じてもらえないことが少なくありません。そのような場合は、契約書の文言そのものを変えるのではなく、口頭やメールでの補足合意(「実績としての掲載については別途相談させてください」といったやり取りを記録に残す)で実質的なリスクヘッジを図る方法もあります。ただし、口頭合意は契約書の記載に優先されないことが多いため、あくまで次善の策として捉えてください。

法律はあなたの味方です。ただし、味方になってくれるのは、条項の中身を理解して初めて機能する場面が多いのも事実です。よく分からないまま流し読みでサインするのではなく、疑問点は発注者に質問する、あるいは専門家に確認するという一手間が、後々の安心につながります。

独自データの考察

在宅ワーク・フリーランス市場を長年見てきた運営者の視点から言えば、著作者人格権不行使条項をめぐるトラブルの多くは、「条項の存在に気づいていなかった」ケースよりも、「気づいていたが意味を確認せずに流していた」ケースのほうが実は多いという印象があります。契約書のボリュームが多いほど、細部を読み飛ばしがちになるのは無理もないことですが、著作権に関わる条項だけは別扱いで確認する癖をつけておくと、後々の交渉力に大きな差が生まれます。

長く安定して仕事を受注し続けている制作者ほど、契約条件を「言われるがまま」受け入れるのではなく、範囲を確認したうえで納得して合意する姿勢を持っています。運営者として見てきた限りでは、こうした確認のひと手間を惜しまない人ほど、発注者側からも「契約に対して誠実な人」として長期的な信頼を得やすい傾向があります。単発の作業をこなすだけでなく、契約段階からの丁寧なやり取りが、次の依頼につながる関係づくりの土台になっているのです。

もう一つ、中間マージンの構造についても触れておきます。仲介手数料が発生する取引では、その分だけ発注者の予算が目減りし、受注者の手取りも薄くなりがちです。手数料0%で直接契約が成立する仕組みであれば、同じ予算でも発注者はより多くの作業を依頼でき、受注者の手取りはより厚くなります。著作者人格権のような契約条件についても、仲介が薄い分、当事者同士で率直に交渉しやすいという副次的なメリットがあります。額面の報酬だけでなく、手取りベースでどちらが得をする構造なのかを意識して契約相手を選ぶことは、長期的なキャリア形成において軽視できない視点だと感じています。

さらに言えば、直接契約であるほど、契約条項の意図を発注者に直接質問しやすいという実務上のメリットもあります。仲介会社を挟む取引では、契約書の文言修正について「担当者に確認します」という一言で数日待たされることも珍しくありません。当事者同士の直接契約であれば、不行使特約の範囲について「なぜこの範囲になっているのか」「どこまで柔軟に調整できるか」を、その場で率直にすり合わせられます。契約交渉のスピードと透明性という観点からも、直接取引が持つ意味は決して小さくありません。

契約に関する知識は、著作権だけにとどまりません。下請法(取適法)による発注者の義務についても知っておくと、著作者人格権の交渉と合わせて自分を守る材料が増えます。フリーランスを守る「下請法(取適法)」の知識|発注書・契約書の必須項目チェックリストでは、発注書・契約書に必ず記載されるべき項目をチェックリスト形式でまとめているので、あわせて確認しておくと安心です。

海外クライアントとの取引が増えている制作者の方は、英文契約書における著作権条項の書き方にも注意が必要です。日本の不行使特約に相当する概念が英文契約では異なる形で表現されることが多く、海外クライアントとの英文契約書テンプレート|必須条項と注意点で必須条項の考え方を確認しておくと、国内外どちらの契約でも判断軸がぶれにくくなります。

なお、著作権に関わる相談は税務や確定申告の相談とセットで持ち込まれることも少なくありません。副業として制作業務を行う方の中には、契約や税務の知識を活かして税理士資格でフリーランス副業|確定申告代行で稼ぐ方法と注意点のような形で、自身の専門性を別の形で発揮している方もいます。契約知識と税務知識は、フリーランスとして長く活動するための両輪だと実感しています。

報酬相場という観点では、著作者人格権が問題になりやすいシステム開発やデザイン分野の単価感も把握しておくと交渉の土台になります。ソフトウェア作成者の年収・単価相場では職種別の相場データを、著述家,記者,編集者の年収・単価相場では執筆系の相場データをそれぞれ確認できます。不行使特約の範囲が広い契約ほど、その分の対価が適正な水準にあるかを相場と照らし合わせて判断する材料になるはずです。

契約知識に加えて、専門スキルの証明として資格取得を検討する制作者や事務系フリーランスも増えています。契約書の作成・確認を含む事務処理能力を客観的に示したい方にはビジネス文書検定、ITエンジニアとしての基礎知識を証明したい方にはCCNA(シスコ技術者認定)のような資格も、案件獲得や単価交渉の材料として活用されています。

行政書士としてこれまで数多くの契約書チェックに携わってきましたが、著作者人格権不行使条項は「入っているかどうか」よりも「範囲がどう書かれているか」を見る目を持つことが何より重要だと感じています。契約書は読み飛ばすものではなく、自分の働き方を守るための道具です。分からないところがあれば、遠慮せず質問する、あるいは専門家に相談する。それだけで、著作者人格権にまつわるトラブルの多くは未然に防げます。

最後に、これから業務委託契約を結ぶ方に向けて、契約書チェックの実践的な順序をまとめておきます。まず報酬額と支払期日を確認し、次に成果物の範囲と検収条件を確認します。そのうえで、著作権の譲渡条項と不行使特約をセットで読み、対象となる権利の範囲・氏名表示権の扱い・利用範囲の限定の有無を確認する。最後に、秘密保持や契約解除条件など、その他の一般条項に目を通す。この順序で確認すれば、限られた時間の中でも契約書の重要なリスクを見落とさずにチェックできます。契約書は一度きりの確認で終わりではなく、案件が続く限り、条項が変わっていないかを都度確認する意識を持ち続けることが、フリーランスとして長く安定して働き続けるための土台になります。

よくある質問

Q. 著作者人格権不行使条項にサインしないという選択肢はありますか?

法律上は拒否も可能ですが、多くの発注企業では標準的な条項として扱われているため、全面拒否は難航しやすいです。範囲の限定や氏名表示権の一部留保など、部分的な修正交渉から始めるのが現実的です。

Q. 不行使特約があると、ポートフォリオに実績として掲載できなくなりますか?

氏名表示権も不行使の対象に含まれている場合、掲載を拒否される可能性があります。契約前に「実績紹介としての掲載は妨げない」旨の一文を追加できないか、発注者に確認しておくと安心です。

Q. 不行使特約に違反した場合、発注者は何も責任を問われないのですか?

不行使特約があっても、名誉毀損的な改変や著しく不適切な使用は、著作権法以外の権利(名誉権など)で争える余地が残る場合があります。個別の状況は弁護士への相談をおすすめします。

Q. 契約書のリーガルチェックはどこに依頼すればよいですか?

行政書士または弁護士に依頼するのが一般的で、契約書1件あたり1万円〜5万円程度が費用相場です。継続的に契約を扱う場合は、顧問契約で都度相談できる体制を整える方法もあります。

この記事について

@SOHO
編集部

監修:@SOHO編集部

2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

公開:2026年1月12日最終更新:2026年7月22日
長谷川 奈津

この記事を書いた人

長谷川 奈津@SOHO編集部

行政書士・元企業法務

企業法務で数多くのフリーランス契約を扱った経験を活かし、フリーランス向けの法律・契約・権利に関する記事を執筆。「法律はあなたの味方です」がモットー。

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