役員の辞任届の書き方|会社に渡したあとにやること


この記事のポイント
- ✓役員の辞任届の書き方を
- ✓取締役・代表取締役・監査役の役職別に整理しました
- ✓渡し方と届いた証拠の残し方に加えて
役員をやめるときに書く辞任届は、A4用紙1枚で済む短い文書です。ところが実際に調べ始めると、押す印鑑が役職で変わる、後任がいないと登記できない、辞めても連帯保証が残る、と次々に条件が出てきます。書き方そのものより、出したあとに何をすればいいのかが分からない。ここでつまずく方がほとんどです。
まず、安心してください。やることは決まっています。この記事では、役員の辞任届の書き方を役職別に示したうえで、会社に渡したあとにやることを5つに分けて順番に整理します。登記の確認、社会保険と税、連帯保証、名義の整理、返却と引き継ぎ。この5つを片付ければ、役員という立場から完全に抜けられます。専門的な言葉はその場で普通の言葉に置き換えて進めます。
「役員」とは誰のことか。辞任届が要る人と要らない人
最初に、自分が辞任届を書くべき立場かどうかを確かめます。ここを間違えると、書いた書類が丸ごと無駄になります。
会社法でいう役員は、取締役、会計参与、監査役の3つです。これに代表取締役と執行役を加えた人たちが、会社の登記簿に名前の載る立場になります。名前が登記されているかどうかが、辞任届の要否を分ける境目です。
まぎらわしいのが「執行役員」です。名前に役員と付いていますが、会社法の役員ではありません。多くの会社では、従業員の中の上位の職位として置かれています。登記もされません。この立場をやめるときに出すのは、辞任届ではなく退職届か役職の辞退届です。会社の就業規則や委任契約書に手続きが書かれているはずなので、そちらを確かめてください。
「相談役」「顧問」も同じです。登記されないので、辞任届ではなく契約の終了として処理します。
自分が登記されているかどうかは、会社の登記事項証明書を取れば分かります。法務局の窓口や郵送で請求すると1通600円、オンラインで請求して窓口で受け取ると490円、郵送してもらうと520円です。他社の分でも誰でも取れるので、会社に聞きづらい事情があるなら自分で取れます。
役員と会社の関係は、雇用ではありません。会社法では、会社と役員の関係は「委任」に関する決まりに従うとされています。委任とは、ある人に仕事を任せる契約のことです。委任は、任せた側も引き受けた側も、いつでもやめることができると民法に書かれています。だから役員は、会社の許可をもらってやめるのではなく、自分の意思でやめられます。株主総会の決議も、取締役会の承認も、辞任そのものには要りません。
いつやめたことになるのか。答えは「辞任届が会社に届いた時」です。意思表示は相手に届いた時から効き目を持つ、という決まりが民法にあります。書いた日でも投函した日でもありません。
役員の辞任は、辞任届が会社に届いた時点で効力が発生します。会社法第915条により、変更日から2週間以内に法務局への登記申請が義務付けられており、怠った場合は代表者個人に100万円以下の過料が科されます。 出典: biz.moneyforward.com
もう1つ確かめてほしいのが、任期の残りです。任期が切れて自然に役目が終わるのが退任、自分の意思でやめるのが辞任です。任期満了なら辞任届は要りません。取締役の任期は原則として選ばれてから2年以内に終わる事業年度の定時株主総会まで、監査役は4年までです。株式を自由に売買できない会社では、定款で取締役も監査役も10年まで延ばせます。定款とは、会社の決まりごとを書いた基本の文書のことです。任期の終わりが近いなら、辞任届を出さずに待つという選択もあります。
辞任届の書き方:5つの要素と、役職ごとの一行の違い
辞任届に決まった様式はありません。法律にも法務省令にも書式の定めがないので、必要な中身が入っていれば手書きでもパソコンでも通ります。入れる中身は次の5つです。
・宛先(会社名と、原則として代表取締役の氏名) ・書いた日付 ・辞任する旨と、いつ付けで辞任するか ・自分の氏名 ・住所
住所を書くのは、登記の場面で本人を特定しやすくするためです。省いても受け付けられることはありますが、書いておくほうが確実です。
理由は「一身上の都合により」で足ります。詳しく書く義務はありません。会社との関係がこじれている場面で理由を長く書くと、その文章がそのまま交渉材料になります。事情を残したいなら、辞任届とは別の書面にしてください。
役職によって変わるのは本文の一行だけです。取締役をやめる場合は次のようになります。
辞任届
株式会社〇〇
代表取締役 〇〇 〇〇 殿
私は、一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって
貴社の取締役を辞任いたします。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
氏名 〇〇 〇〇 印
代表取締役の立場だけをやめて取締役として残る場合は、本文をこう書き換えます。
私は、一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって
貴社の代表取締役を辞任いたします。
なお、取締役の地位は引き続き継続いたします。
代表取締役も取締役も両方やめる場合は、こうです。
私は、一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって
貴社の代表取締役及び取締役を辞任いたします。
監査役の場合は「貴社の監査役を辞任いたします」に置き換えます。会計参与も同じ形です。
この一行が曖昧だと、法務局から会社に確認が入って手続きが止まります。「役員を辞任いたします」という書き方は避けてください。どの立場をやめるのかが読み取れません。
日付は2か所あります。書いた日と、辞任する日です。辞任する日を空欄のまま渡すと、会社側が都合のよい日を書き込む余地が生まれます。引き継ぎの都合で少し先にしたいなら、その日をはっきり書いてください。ただし、先の日付にしても、辞任の意思表示そのものは届いた時点で効いてしまうので、あとから撤回することは原則としてできません。迷っている段階では書面を作らず、口頭での相談にとどめておくのが安全です。
宛先について1つ補足します。自分しか代表取締役がいない会社では、自分から自分に宛てる形になります。この場合、宛先を会社名だけにして「御中」で止めるのが実務では通ります。
押す印鑑の早見表
辞任届の押印は、役職と会社の状況で変わります。ここが最も間違いの多いところです。判断の基準は「会社が法務局に届け出ている印鑑を押したかどうか」の1点です。
法務局が公開している申請書の記載例には、こう書かれています。
また、登記所に印鑑を届け出ている取締役が辞任する場合には、辞任届に、登記所届出印又は市町村に登録した印鑑を押す必要があります。市町村に登録した印鑑を押した場合には、当該印鑑について市町村長が作成した印鑑証明書を添付する必要があります(登記所届出印を押した場合には、印鑑証明書は不要です。)。 出典: houmukyoku.moj.go.jp
整理すると次のようになります。
代表取締役が辞任する場合。会社の届出印を押せば、印鑑証明書は要りません。自分の実印(市区町村に登録した印鑑)を押した場合は、その印鑑証明書を添えます。認印では受け付けられません。
法務局に印鑑を届け出ている取締役が辞任する場合。代表取締役と同じ扱いです。届出印か実印のどちらかを押します。
法務局に印鑑を届け出ていない取締役が辞任する場合。認印で足ります。印鑑証明書も要りません。
監査役が辞任する場合。認印で足ります。印鑑証明書は要りません。法務局の監査役用の記載例を見ても、辞任する監査役の印鑑証明書は添付書類に挙がっていません。
会計参与が辞任する場合。監査役と同じ扱いです。
この違いがある理由は、代表者のなりすましを防ぐためです。本人の知らないところで偽の辞任届が出され、登記簿から名前が消される。そういう事件を防ぐ仕組みなので、本人しか押せない印鑑が求められます。逆に言えば、なりすまされても影響の小さい立場では、そこまで求められません。
実務上の注意を3つ挙げます。
1つ目は、シャチハタのような朱肉を使わない印は避けることです。にじんで写りが悪くなり、照合に向きません。
2つ目は、印鑑証明書の取得です。市区町村の窓口で取ると、おおむね1通200円から400円程度です。マイナンバーカードがあればコンビニでも取れて、安くなる自治体もあります。印鑑登録をしていない方は、登録から始めることになるので日数を見ておいてください。
3つ目は、迷ったら法務局に電話することです。管轄の法務局に会社の商号と本店を伝えて、押印と添付書類を確かめれば答えてくれます。無料ですし、往復のやり直しを1回減らせます。
会社に渡すまで:渡し方と、届いた証拠の残し方
辞任届は、渡し方まで含めて手続きです。届いた証拠がないと、あとで「受け取っていない」と言われたときに困ります。
渡し方は3つあります。
手渡しする場合。同じ辞任届を2通用意して、1通を会社に渡し、もう1通に受領印か受領サインをもらって持ち帰ります。日付も書いてもらってください。
郵送する場合。会社の本店として登記されている住所に、配達の記録が残る方法で送ります。内容証明郵便に配達証明を付けるのが確実です。内容証明郵便とは、いつ誰にどんな文面を送ったかを郵便局が証明してくれる仕組みのことです。料金は枚数で変わるので、出す前に郵便局の窓口で確かめてください。取り扱う局が限られるので、近くの局が対応しているかも先に調べておくと二度手間になりません。
メールで送る場合。送受信の記録は残りますが、登記の添付書類としては紙の原本が要るので、結局は紙でも渡すことになります。先にメールで知らせて、あとから原本を郵送する二段構えが現実的です。
渡す先は会社です。ほかに代表取締役がいるなら、その人が受け取れば会社に届いたことになります。連絡が取れない場合は、登記簿の本店の住所に送ります。実際に事業を行っている場所が別にあるなら、両方に送っておくと確実です。
受け取りを拒まれたり、保管期間が過ぎて戻ってきたりすることもあります。正当な理由なく受け取りを妨げた場合には届いたものとして扱われる余地がありますが、この判断は個別の事情に左右されます。戻ってきた封筒は開けずに保管し、弁護士か司法書士に相談してください。
渡す前に、原本とコピーの扱いを決めておきます。辞任届は登記の添付書類になるので、会社に渡すのは原本です。手元に置くのはコピーです。ここを逆にすると、会社から「原本をください」と連絡が来て、往復で時間を失います。
渡したあとにやること1:登記が終わったか自分で確かめる
ここからが本題です。辞任届を渡した時点では、まだ何も片付いていません。
会社法では、登記されている事項が変わったときは2週間以内に法務局へ変更の登記を申請しなければならないと決まっています。役員の氏名は登記される事項なので、辞任もこの期限に入ります。
申請するのは会社です。辞めた本人が単独で申請することはできません。ここが不動産の登記と違うところで、多くの人がつまずきます。だから、会社がやってくれたかどうかを自分で確かめる必要があります。
期限を過ぎたらどうなるか。法務局は次のように案内しています。
登記すべき期間内に登記を怠り、その後に登記申請をする場合であっても、そのことだけをもって申請が却下されることはありませんが、会社・法人の代表者に対して、裁判所から100万円以下の過料に処される可能性があります。 出典: houmukyoku.moj.go.jp
過料が来るのは会社ではなく代表者個人です。辞めた側に請求されるものではありません。
費用の目安も知っておくと、会社と話しやすくなります。役員の変更登記にかかる登録免許税は、資本金の額が1億円を超える会社で3万円、1億円以下の会社で1万円です。中小企業のほとんどは1万円に当たります。司法書士に頼む場合の報酬は、おおむね2万円から5万円程度が相場です。申請書の様式と記載例は法務局のサイトから無料でダウンロードできるので、自分で申請すれば登録免許税だけで済みます。
添える書類は、辞任だけなら辞任届。後任を選ぶなら、株主総会の議事録、株主の一覧を示す書面、就任を承諾した書面、就任する人の印鑑証明書または本人確認書類が加わります。監査役の監査の範囲を会計に関するものだけに絞っている会社では、その旨の登記が合わせて必要になることがあります。
確かめ方は簡単です。辞任から3週間ほどたったら、会社の登記事項証明書を取ります。自分の名前の横に「辞任」と記録されていれば完了です。残っていれば、会社が申請していません。登記事項証明書は誰でも取れるので、会社に聞く必要はありません。
渡したあとにやること2:社会保険と税の切り替え
役員報酬を受け取っていた方は、ここが一番生活に直結します。
役員として健康保険と厚生年金に入っていた場合、辞任すると被保険者の資格を失います。会社が年金事務所へ資格喪失の届出を出すことで手続きが進みます。会社が出さないと、次の保険に入れません。
次にどの保険に入るかは3つに分かれます。
1つ目は、国民健康保険と国民年金です。住んでいる市区町村の窓口で手続きします。退職の翌日から原則14日以内という期限があるので、資格喪失を証明する書類を会社から早めにもらってください。
2つ目は、健康保険の任意継続です。一定の期間その健康保険に入っていた方は、辞めたあとも同じ健康保険を続けられる仕組みがあります。申し出の期限が短いので、迷っている時間はありません。保険料の計算方法が国民健康保険と違うので、両方の金額を比べてから決めます。
3つ目は、家族の扶養に入ることです。収入の条件があるので、次の仕事の見込みと合わせて判断します。
手続きの窓口や必要書類は日本年金機構のサイトで確かめられます。無報酬の非常勤役員だった場合はそもそも加入していないこともあるので、自分の状況を給与明細や報酬の支払調書で確認してから動いてください。
税の面も整理が要ります。
役員報酬からは所得税が源泉徴収されています。辞任した年の分については、会社から源泉徴収票をもらってください。年の途中で辞めて、その年に他の収入がある場合は、自分で確定申告することになります。
住民税は、前の年の所得に対してかかります。役員報酬から天引きされていた場合、辞めたあとは自分で納める形に切り替わります。前年の報酬が高かった方は、収入がなくなったあとに高い住民税の通知が来ることになるので、資金の予定に入れておいてください。切り替えの手続きは会社が市区町村へ届け出ます。
退職慰労金が出る場合は、支給の決議と税の扱いを確かめます。役員への退職金は株主総会の決議が要るのが一般的で、その決議がないまま支払うと問題になります。税の扱いは金額や在任年数で変わるので、税務署か税理士に確認してください。
渡したあとにやること3:連帯保証と個人の担保を外す
辞任しても消えないものの筆頭が、連帯保証です。
会社の借入に個人で保証をしている場合、役員をやめても保証の契約はそのまま残ります。登記簿から名前が消えても、金融機関との契約は別の話だからです。これを知らずに辞めて、数年後に会社が返せなくなり、請求が来るという事例は実際に起きています。
やるべきことは3つです。
1つ目は、自分が何に判を押しているかを洗い出すことです。金融機関からの借入、リース契約、事務所の賃貸借契約、取引先との継続的な売買契約。役員として個人で保証しているものが複数ある会社は珍しくありません。会社の経理に確認するか、契約書の控えを見せてもらいます。
2つ目は、金融機関と交渉することです。事業を引き継ぐ場面での保証の扱いについては国が指針を示していて、後継者に保証を求めない方向が広がってきています。ただし実際に外せるかどうかは金融機関の判断です。後任の代表者が保証を引き受ける、会社の財務内容を改善する、といった条件が付くこともあります。
3つ目は、外せなかった場合にどうするかを決めておくことです。保証が残ったまま辞めるなら、会社の経営状態を把握できる仕組みを残しておく必要があります。決算書を年に1回送ってもらう、といった約束を書面にしておきます。
会社に提供している個人の担保も同じです。自宅を担保に入れている、個人の預金を会社の借入の担保にしている。こうした状態は、辞任では解消されません。
在任中の行為についての責任も残ります。辞任は将来に向かって効くものなので、在任中に会社に損害を与えた行為があれば、辞めたあとでも責任を問われることがあります。個別の判断は事情によって変わるので、会社の状態に不安があるなら、辞任届を出す前に弁護士に相談してください。
渡したあとにやること4:名義と権限を引き剥がす
役員として会社のあちこちに自分の名前が入っています。これを1つずつ外していきます。
金融機関の口座。代表者だった方は、口座の届出印と代表者の登録を変更します。ネットバンキングの管理者権限も引き継ぎます。会社の登記が終わらないと銀行の手続きができないので、登記の完了が前提になります。
クレジットカード。会社名義で自分が使っていた法人カードは返却します。自分の個人与信で作った法人カードは、解約しないと自分に請求が残ることがあります。
契約の名義。事務所の賃貸借、車両のリース、携帯電話、インターネット回線、クラウドサービス。代表者個人の名前で契約しているものがないか確かめます。
許認可。ここを忘れると会社が困ります。建設業の許可では経営業務の管理責任者、宅地建物取引業では専任の宅地建物取引士、といった具合に、特定の人がいることを条件にしている許認可があります。その人が辞めると、会社は期限内に代わりの人を届け出なければなりません。間に合わないと許可そのものが危うくなります。自分がその立場なら、辞任の意向を早めに伝えて、会社が代わりを探す時間を作ってください。
官公庁への届出。税務署、都道府県、市区町村への異動届、労働保険や社会保険の事業主に関する届出。代表者が変わると出すものが複数あります。これは会社の仕事ですが、自分の名前が残ると自分に連絡が来るので、済んだかどうかを確かめておきます。
会社のウェブサイトや印刷物。役員一覧、会社案内、名刺。外から見える場所に名前が残っていると、辞めたはずの会社の代表として扱われます。更新を依頼しておきます。
渡したあとにやること5:返却と、守り続けるべきこと
最後に、物と情報の整理です。
返すものは、会社の鍵、社員証、法人カード、パソコンや携帯電話、社用車の鍵、印鑑や印鑑カード、預かっている契約書の原本です。返却の記録を残しておくと、あとで「返していない」と言われずに済みます。一覧を作って、受け取った側にサインをもらうのが確実です。
引き継ぐものは、取引先の連絡先、進行中の案件の状況、パスワードや管理画面の権限、自分しか知らない手順です。引き継ぎの一覧を作って渡しておくと、やることをやって辞めたという事実が形に残ります。これは、辞めたあとに問い合わせが来るのを減らす効果もあります。
辞めたあとも守り続けるものが2つあります。
1つ目は、秘密の保持です。役員として知った会社の情報は、辞めたあとも勝手に使ったり他に漏らしたりできません。契約書に秘密保持の条項があるなら、その内容を確かめておきます。NDAという言葉を見かけますが、これは秘密を守る約束を書いた契約のことです。
2つ目は、競業の制限です。会社法では、取締役が在任中に会社と同じ事業をするには会社の承認が要るとされています。辞めたあとについては、法律で一律に禁じられているわけではありませんが、契約で制限を設けている会社があります。同じ分野で独立するつもりなら、辞める前に契約書を確かめてください。制限の範囲が広すぎる条項は効力が争われることもありますが、争うこと自体が負担です。
会社が登記してくれないときの3段階
辞任届は届いた。人数も足りている。それなのに会社が登記を申請しない。この状態は珍しくありません。手続きが面倒、費用を出したくない、関係がこじれていて意図的に放置している。理由はさまざまです。
現実的な手順は3段階です。
第1段階は、書面での催告です。辞任届が届いた日を示し、2週間以内に登記する義務があること、怠ると代表者個人に過料の可能性があることを書いて、期限を切って求めます。内容証明郵便で送れば、送った事実と文面が記録に残ります。多くの会社はこの段階で動きます。
第2段階は、司法書士か弁護士からの通知です。第三者の名前が入るだけで対応が変わることがあります。費用は数万円程度からで、事務所によって幅があります。
第3段階は、裁判です。会社に対して登記申請の手続きをするよう求める訴えを起こし、判決を得たうえで登記を実現する方法があります。時間も費用もかかるので、最後の手段です。
なお、後任がいなくて登記できない場合は、話が別です。会社法には、役員がいなくなった場合や、法律や定款で決めた人数を下回った場合には、やめた役員は新しい役員が就任するまで役員としての権利と義務を持ち続ける、という決まりがあります。株式会社には取締役が最低1人必要で、取締役会を置いている会社なら3人以上必要です。この人数を割り込む辞め方をすると、辞任届が届いていても立場が残ります。
この場合に打つ手は、後任を選んでもらうか、裁判所に一時的に役員の職務を行う人を選んでもらう申し立てをするかです。申し立てには手数料と予納金がかかり、選ばれた人への報酬も裁判所が決めます。金額は事案によって変わるので、動く前に弁護士に見積もりを取ってください。
一番いいのは、この状態にしないことです。やめる意思を伝える段階で、後任の選任と自分の辞任を同じ株主総会で片付ける段取りを作る。この形なら、登記も1回の申請で済みます。
つまずきやすい5つの点
ここまでの内容を踏まえて、実際に多い失敗を5つ挙げます。
1つ目は、どの立場をやめるのかを書いていないことです。「役員を辞任いたします」では、取締役なのか代表取締役なのか監査役なのかが読み取れません。法務局から会社に確認が入り、書き直しになります。
2つ目は、辞任日を空欄のまま渡すことです。会社側が後日に日付を入れると、責任の切れ目が自分に不利な日になることがあります。渡す時点で確定させてください。
3つ目は、押印の種類を間違えることです。法務局に届出印を出している役員が辞任するのに、届出印でも実印でもない認印を押すと、会社の登記申請が通りません。自分が届出印を出しているかどうかは、会社の担当者か司法書士に確認できます。
4つ目は、登記が終わったかを確かめずに放置することです。辞任から1か月以上たっても登記事項証明書に名前が残っているなら、会社が申請していません。時間がたつほど、その間に起きたことに巻き込まれる余地が広がります。
5つ目は、連帯保証の確認を後回しにすることです。辞任してから交渉を始めると、会社にとってあなたを助ける理由が薄くなります。辞める前に話をつけるか、少なくとも辞任の条件として交渉のテーブルに載せてください。
役員をやめたあとの働き方を組み立てる
役員を降りたあと、次をどうするか。ここで立ち止まる方が多いです。
選択肢は3つに分かれます。別の会社で働く、自分で新しい事業を始める、業務委託として関わる。3つ目を選ぶ人が増えています。会社の役員という重い立場は外すけれど、持っている知識と人脈は仕事として提供する形です。責任の重さと報酬のバランスを自分で決められるのが利点です。
この道を選ぶなら、自分の経験がいくらの仕事になるかを先に把握しておくと判断が早くなります。開発や技術の現場を見てきた方はソフトウェア作成者の年収・単価相場で単価の幅を確かめられます。文章や編集で仕事を作るなら著述家,記者,編集者の年収・単価相場が目安になります。どちらも職種ごとの相場を並べたデータなので、やめる前に自分の値段の目安を持てます。
仕事の中身を知りたいときは職種別の案内が早道です。経営や業務の改善を見てきた経験はAIコンサル・業務活用支援のお仕事につながります。技術寄りならアプリケーション開発のお仕事やAI・マーケティング・セキュリティのお仕事で、いまどんな依頼が出ているかが分かります。
肩書きが外れると、書類も自分の名前で作ることになります。会社の名前で出していた見積書や請求書を、今度は自分で作ります。書式の基本を整えたいならビジネス文書検定が扱う範囲が参考になりますし、技術の裏付けを示したい方にはCCNA(シスコ技術者認定)のような資格が名刺代わりになります。
契約での力関係も変わります。役員だったときは会社の中の人でしたが、業務委託では外の人です。取引条件を書面で残す重要性についてはフリーランスを守る「下請法(取適法)」の知識|発注書・契約書の必須項目チェックリストに、発注書に何を書いてもらうべきかがまとまっています。報酬が支払われないときの動き方は未払い報酬を回収する!弁護士の着手金・成功報酬と支払督促の流れ【2026年最新】が具体的です。会計や監査の経験がある方なら会計士の副業ガイド|監査法人勤務でもできる高収入の稼ぎ方【2026年版】に、資格を活かした関わり方の例が出ています。
運営者として見てきたこと
在宅ワークと業務委託の市場を20年見てきた立場から言えば、役員をやめた人のその後は、辞め方そのものよりも「やめる前に外との接点をどれだけ持っていたか」で決まります。会社の中だけで完結していた人は、肩書きが外れた瞬間に連絡先が一気に減ります。逆に、社外の取引先や同業の知り合いと個人の関係を持っていた人は、辞任の翌月から仕事の相談が来ます。
長く続く人に共通しているのは、単発の作業を安く受けるのではなく、依頼する側が「この人に任せると楽だ」と感じる関係を作ることに時間を使っている点です。役員を経験した人は、この点で有利です。全体を見て段取りを組む力は、作業の速さより高く評価されます。辞任の手続きを進めながら、自分が何を引き受けられるかを言葉にしておくと、切り替えが早くなります。
お金の面でも、見落とされやすい差があります。仕事を仲介する会社を経由すると、報酬から中間の取り分が引かれます。直接やり取りできる関係を持っていれば、同じ予算で依頼する側はより多くを頼めますし、受ける側の手取りも厚くなります。金額の大小ではなく、同じ仕事でも手元に残る額が変わるという構造の話です。役員としての人脈がある方は、この構造を使いやすい位置にいます。
最後に、渡したあとにやることをもう一度並べておきます。登記が終わったかを登記事項証明書で確かめる。社会保険と税を切り替える。連帯保証と個人の担保を外す。名義と権限を引き剥がす。物と情報を返して引き継ぐ。この5つが片付いて、はじめて役員という立場から完全に抜けられます。辞任届はスタートの合図であって、ゴールのテープではありません。会社法の条文を確かめたいときはe-Gov法令検索で全文が読めます。
よくある質問
Q. 役員の辞任届に決まった書式はありますか?
ありません。法律にも法務省令にも書式の定めがないので、宛先、書いた日付、辞任する旨と辞任日、氏名、住所の5つが入っていれば手書きでもパソコンでも通ります。ただし、どの立場をやめるのかは明記してください。「取締役」「代表取締役」「監査役」のように役職を書かないと、法務局から会社に確認が入ります。
Q. 執行役員も辞任届を書くのですか?
執行役員は会社法の役員ではなく、多くの会社では従業員の中の職位です。登記もされないので、辞任届ではなく退職届や役職の辞退届で処理します。手続きは就業規則や委任契約書に書かれているので、そちらを確かめてください。会社法の役員は取締役、会計参与、監査役の3つです。
Q. 辞任したのに登記簿から名前が消えないのはなぜですか?
登記を申請するのは会社で、辞めた本人は単独で申請できないためです。会社は辞任から2週間以内に申請する義務がありますが、放置されることがあります。1か月以上たっても名前が残っている場合は、内容証明郵便で催告してください。後任がいなくて登記できない場合は、後任の選任を求めることになります。
Q. 役員をやめると連帯保証も自動で外れますか?
外れません。会社の借入に個人で保証をしている場合、役員をやめても金融機関との契約は残ります。外すには金融機関と個別に交渉が必要です。事業を引き継ぐ場面での保証の扱いについては国が指針を示していますが、実際に外せるかどうかは金融機関の判断になります。辞める前に交渉してください。
この記事について
編集部
監修:@SOHO編集部
2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

この記事を書いた人
前田 壮一@SOHO編集部
元メーカー管理職・43歳でフリーランス転身
大手電機メーカーで品質管理を20年間担当した後、42歳でフリーランスに転身。中高年のキャリアチェンジや副業の始め方を、自身の経験をもとに発信しています。
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