契約不適合責任は民法でどう定められているか


この記事のポイント
- ✓契約不適合責任を民法の条文そのものから読み解きます
- ✓追完請求・代金減額・損害賠償・解除という四つの手段
- ✓催告がいらない四つの場面
契約不適合責任について民法の条文を直接確かめたい。そう思って検索する人の多くは、解説記事をいくつか読んだあとに来ます。書いてあることが微妙に食い違う、専門用語が説明なしに並ぶ、結局どの条文を見ればいいのか分からない。そういう状態です。この記事では、条文を実際に開いて読み、どこに何が書いてあるかを順番に案内します。使ったのは国が運営する法令検索の本文そのものです。読み終わったときに、自分の契約書を条文と突き合わせられる状態になっていることを目標にします。
民法のどこに書いてあるか
契約不適合責任という見出しの条文は、実は存在しません。売買に関する規定のなかに、売主が負う担保責任として複数の条文が並んでいて、それらをまとめて実務で契約不適合責任と呼んでいます。
中心になるのは民法562条から564条までの三つです。562条が履行の追完請求、563条が代金減額請求、564条が損害賠償請求と解除の扱いを定めています。これに、権利に不適合があった場合を扱う565条、期間の制限を定める566条、免責特約の限界を定める572条が続きます。請負については、まったく別の場所にある636条と637条が受け持ちます。
条文の並び方を知らないまま解説記事だけを読むと、どの説明がどの条文に対応しているのかが見えません。まずこの地図を頭に入れてください。売買は562条から572条のあたり、請負は636条と637条。この二か所を行き来することになります。
契約に関する民法の規定は、2020年4月1日から施行された改正法によって大きく変わりました。法務省は今回の改正について、契約に関する規定を中心に社会と経済の変化への対応を図り、実務で通用しているルールを明文化したものだと説明しています。条文そのものはe-Govで、改正の経緯や新旧対照表は法務省のページで、どちらも無料で読めます。
何をもって「契約に適合しない」と言うのか
562条の条文はこう始まります。
引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。 出典: ja.wikibooks.org
ここで判断の軸になっているのは「契約の内容」です。物として壊れているかどうかではありません。契約で何を約束したかと照らして、食い違っていれば不適合になります。
この違いは実務で大きな差を生みます。たとえば、中古品として「動作未確認、現状渡し」と明記して売ったものが動かなかったとしても、契約の内容がそもそも動作を保証していないのですから、不適合とは言いにくい。逆に、新品同様と書いて売ったものに擦り傷があれば、機能に問題がなくても不適合になり得ます。
種類、品質、数量という三つの切り口も押さえてください。種類は、頼んだものと違う物が来た場合です。品質は、頼んだ水準に達していない場合。数量は、単純に数が足りない場合です。この三つのうち、後で説明する期間の制限が効くのは種類と品質だけで、数量不足は別扱いになります。
契約の内容が争いになるのは、書面に書いていないときです。打ち合わせのメモ、メールのやり取り、提示された見本や仕様書。これらが「契約の内容」を形づくります。法律事務所の解説記事でも、実務担当者がこの部分の判断に迷い続けている様子が語られています。
いまだに瑕疵担保責任と契約不適合責任の違いがわからず、自信が持てないままでいます。違いについての考え方や契約書をレビューする際の注意点などがありましたら教えてください。 出典: businessandlaw.jp
プロでも迷う領域です。だからこそ、契約書に何を書くかで勝負が決まります。
第一の手段、履行の追完請求
562条が定める追完請求には、三つの方法が並んでいます。修補、つまり直してもらうこと。代替物の引渡し、つまり別の物に取り替えてもらうこと。不足分の引渡し、つまり足りない分を追加で渡してもらうことです。
どれを選ぶかは、まず買主が決めます。ただし条文には続きがあります。売主は、買主に不相当な負担を課すものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法で追完することができる、と定められています。
これは実務でよく問題になる部分です。買主が「新品に交換してほしい」と求めたのに、売主が「修理で対応します」と返してくる。この売主の対応が許されるかどうかは、修理によって買主に不相当な負担が生じるかで決まります。修理に何か月もかかって業務が止まるような場面では、修理での対応が認められにくくなります。
もう一つ、562条2項に重要な制限があります。不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は追完請求ができません。買主が使い方を誤って壊した、指定した設置環境が仕様から外れていた。こうした場合は、そもそも売主の責任ではないという整理です。
受注する側から見ると、この2項は防御の要になります。不具合の報告を受けたとき、まず確認すべきは「どういう環境で、どう使われたか」です。原因が相手側の操作や環境にあるなら、それを示す記録が自分を守ります。納品時に動作環境の条件を書面で渡しておくと、この確認が格段に楽になります。
第二の手段、代金減額請求
563条が定める代金減額請求には、段取りがあります。原則は、買主が相当の期間を定めて追完を催告し、その期間内に追完がないときに、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できるというものです。いきなり値引きを求めることはできず、まず直す機会を与えるのが基本です。
ただし、催告をしなくてよい場面が四つ、条文に並んでいます。
一つ目は、履行の追完が不能であるとき。壊れた一点物で代わりがなく、修理もできない場合です。
二つ目は、売主が追完を拒絶する意思を明確に表示したとき。「直す気はない」とはっきり言われたのなら、待つ意味がありません。
三つ目は、契約の性質や当事者の意思表示によって、特定の日時または一定の期間内に履行しなければ契約の目的を達成できない場合に、売主が追完しないままその時期を過ぎたときです。イベント当日に使う物や、決算日に間に合わせる資料などが典型です。
四つ目は、これらのほかに、催告をしても追完を受ける見込みがないことが明らかであるときです。
この四類型は覚えておく価値があります。催告なしで減額に進めるかどうかは、交渉の速度をまるごと変えるからです。なお563条3項にも、不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは減額請求ができないという制限が置かれています。
第三と第四の手段、損害賠償と解除
564条は短い条文です。前二条の規定は、415条による損害賠償の請求と、541条および542条による解除権の行使を妨げないと定めています。
つまり、追完請求や代金減額請求をしたからといって、損害賠償や解除ができなくなるわけではないということです。この四つは排他的ではなく、重ねて使えます。
損害賠償の根拠になる415条は、債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき、または履行が不能であるときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求できると定めています。ただし、その不履行が契約や取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでないという但し書きが付いています。
ここが旧制度との大きな違いです。かつての瑕疵担保責任では、売主に落ち度がなくても一定の賠償責任を負う場面がありました。いまの条文は、債務者に帰責事由がなければ賠償責任を負わないという整理になっています。
解除については、541条の催告解除と542条の無催告解除という二本立てです。軽微な不適合しかないのに契約全体を解除することはできません。どこまでが軽微かは、契約の目的に照らして判断されます。
賠償額の計算では、支払が遅れた期間の利息も論点になります。民法は法定利率を年3パーセントと定め、3年を一期として一定の計算方法で見直す仕組みを置いています。個別の事案でいくらになるかは事情によって変わるため、金額の詰めは弁護士や司法書士に確認してください。回収の段階まで見据えるなら、未払い報酬を回収する!弁護士の着手金・成功報酬と支払督促の流れ【2026年最新】で、費用の目安と裁判所の手続きの流れを先に掴んでおくと判断が早くなります。
権利の不適合を扱う565条
565条は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しない場合について定めています。権利の一部が他人に属していて、その一部を移転できなかった場合も含まれます。この場合も、562条から564条までの規定が準用されます。
物そのものには問題がないのに、権利関係で約束が果たされていないという状況です。ソフトウェアや制作物の取引では、この論点が意外と重くなります。納品されたイラストに第三者の著作物が混ざっていた、譲渡されるはずの著作権の一部が移っていなかった、商用利用の許諾範囲が説明と違っていた。こうした場面は、物の品質ではなく権利の不適合として扱われます。
制作物を納める側は、この点を軽く見ないでください。素材の出所、使用許諾の範囲、第三者の権利処理。この三つの記録を残しておくことが、自分を守る材料になります。記事や原稿を扱う仕事でも同じで、引用の範囲や画像の出所は成果物の品質そのものと同じ重みを持ちます。著述家,記者,編集者の年収・単価相場を見ると単価の幅は広いのですが、この権利処理をきちんとできることが、継続して依頼される側に回るかどうかを分けています。
期間の制限を定める566条
566条は、期間についての条文です。売主が種類または品質に関して契約の内容に適合しない目的物を引き渡した場合に、買主がその不適合を知った時から1年以内に通知しないと、追完請求、代金減額請求、損害賠償請求、契約の解除ができなくなると定めています。
読むときのポイントは三つです。
第一に、対象は種類と品質だけです。数量の不適合は、この条文の制限を受けません。
第二に、起算点は引渡しではなく「知った時」です。引き渡されてから何年たっていても、気づいてから1年以内であれば、この関門は通過します。
第三に、但し書きの例外があります。売主が引渡しの時にその不適合を知り、または重大な過失によって知らなかったときは、1年の制限は適用されません。
そして、566条をクリアしても安心はできません。債権の消滅時効を定める166条が別に走っているからです。166条は、権利を行使することができることを知った時から5年間、または権利を行使することができる時から10年間で債権は時効消滅すると定めています。短い通知期限と長い時効が同時に動いている、という構造をつかんでおいてください。
免責の限界を定める572条
契約書で「売主は契約不適合責任を負わない」と書けば、それで終わりかというと、そうではありません。
572条は、売主が担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実と、自ら第三者のために設定し、または第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができないと定めています。
欠陥を知っていて黙っていたのなら、免責条項では守られない。これが民法の立場です。
さらに、相手が消費者の場合には消費者契約法が重なります。事業者の損害賠償責任を全部免除する条項などは無効とされています。事業者どうしの取引であっても、一方的に不利な条項が公序良俗の観点から問題になることはあります。免責条項は万能ではない、という前提で契約書を読んでください。
契約書に何を書かせるか、発注書に何を記載させるかという実務の点検は、フリーランスを守る「下請法(取適法)」の知識|発注書・契約書の必須項目チェックリストにまとまっています。免責条項だけを眺めるのではなく、発注の入口から整える視点で読むと効きます。
請負を扱う636条と637条
制作物を納める業務委託の多くは、法律上は請負にあたります。請負には売買とは別の条文が用意されています。
636条は、請負人が種類または品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を引き渡したときであっても、注文者が供した材料の性質や、注文者が与えた指図によって生じた不適合を理由として、追完請求、報酬減額請求、損害賠償請求、解除をすることはできないと定めています。ただし、請負人がその材料や指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは別です。
この条文は、受注側にとって強い武器になります。クライアントから支給された素材に問題があった、クライアントが指定した仕様どおりに作ったら動かなかった。そういう場面で、責任をすべて引き受ける必要はありません。ただし但し書きがあるため、「この指示だと問題が出ます」と気づいた時点で伝えておくことが前提になります。気づいていて黙っていたら、この防御は使えません。
637条は請負の期間規定です。注文者が不適合を知った時から1年以内に請負人へ通知しないと、追完請求、報酬減額請求、損害賠償請求、解除ができなくなります。ただし、引渡しの時に請負人が不適合を知っていた、または重大な過失で知らなかったときは、この制限は適用されません。
システム開発やアプリ制作の現場では、この636条と637条を知っているかどうかで、揉めたときの立ち位置がまったく違ってきます。どの工程を請け負うと何を背負うことになるのかは、アプリケーション開発のお仕事で案件の型を眺めると整理しやすくなります。開発の単価がなぜその水準なのかを考えるときも、ソフトウェア作成者の年収・単価相場の数字を、負う責任の重さとセットで見てください。単価だけを並べて比べても、実際の手残りは見えません。
事業者どうしの売買には商法が割り込む
民法だけを読んでいると足をすくわれる場面があります。商人どうしの売買です。
商法526条は、商人間の売買において、買主は目的物を受領したら遅滞なくその物を検査しなければならないと定めています。そのうえで、検査によって不適合を発見したときは直ちに売主へ通知しなければ、追完請求も代金減額請求も損害賠償請求も解除もできないとしています。直ちに発見できない不適合については、受領から6か月以内に発見した場合に限って同じ扱いになります。
民法の「知った時から1年」と比べると、期間が半分で、起算点が受領時に前倒しされています。事業者として物を仕入れている場合、この条文のほうが先に効いてくることを忘れないでください。ただし、売主が不適合を知っていた場合には526条は適用されません。
個人事業主として法人と取引している人も他人事ではありません。営利目的で反復継続して取引をしていれば商人と扱われることが多く、その場合はこの6か月の世界に入ります。納品物を受け取ったらその日のうちに開封して確認する。この習慣だけで、失う権利が減ります。
旧制度との違いを条文の並びで理解する
瑕疵担保責任と契約不適合責任の違いを、条文の構造から押さえておきます。
旧制度では、隠れた瑕疵があったときに買主が使える手段は、損害賠償請求と、目的を達成できない場合の解除に限られていました。直してくれと請求する権利も、値引きを求める権利も、条文としては用意されていませんでした。実務では交渉で解決していましたが、法律上の裏付けが薄かったのです。
新しい条文は、追完請求と代金減額請求を正面から認めました。これが最も大きな変化です。壊れたものを直してもらう、足りない分を渡してもらうという、当たり前の要求に条文上の根拠ができました。
もう一つの変化は、判断基準です。旧制度の「隠れた瑕疵」という表現は、買主が知らなかったことを要件に含んでいました。新しい条文は「契約の内容に適合しない」かどうかで判断します。買主が知っていたかどうかではなく、契約で何を約束したかが軸になったということです。
三つ目の変化は、法的な性質です。旧制度は、特定物の売買では売主は現状で引き渡せば義務を果たしたとする考え方と結びついていました。新しい条文は、契約に適合した物を引き渡す義務が売主にあるという前提に立っています。だからこそ追完請求が成り立ちます。
契約書のレビューを担当している人は、この三点を押さえておくと、古い雛形をそのまま使っている条項を見分けられます。「隠れた瑕疵」という表現が残っている条項は、改正前の考え方で書かれた可能性が高い。文言だけを新しくしても中身が旧制度のままということもあるので、責任の範囲を定めた部分まで読み通してください。
売買か請負かで見る条文が変わる
同じ「作ってもらったものに問題があった」でも、契約の型によって見る条文が変わります。切り分け方を示します。
すでに存在する物を買う取引は売買です。パッケージソフト、完成品の販売、在庫からの出荷。この場合は562条から572条を見ます。
これから作ってもらう取引は請負です。受注生産、システム開発、Web制作、動画編集、デザイン制作。この場合は636条と637条が加わります。ただし請負にも売買の規定が準用される場面があるため、562条から564条の考え方は共通して効いてきます。
成果物ではなく労務の提供そのものを約束する取引は準委任です。コンサルティング、運用代行、顧問契約などが典型で、この場合は成果物の不適合という論点自体が立ちにくくなります。善良な管理者としての注意を尽くしたかが問われます。
自分の契約がどれにあたるかは、契約書のタイトルではなく中身で決まります。「業務委託契約書」と書かれていても、成果物の納品と検収が定められていれば請負と評価されることがあります。逆に、成果物の定義がなく稼働時間で報酬を決めているなら準委任に近い。ここを取り違えると、そもそも参照する条文を間違えます。
三つの場面に条文を当てはめてみる
抽象的な説明だけでは使えないので、よくある場面に当てはめます。
一つ目。発注したWebサイトが納品されたが、スマートフォンで表示が崩れる。契約書の仕様には対応端末の記載があり、そこに該当する機種が含まれている。この場合、品質が契約の内容に適合していないと評価できます。まず636条の但し書きにあたる事情がないかを確認し、なければ追完請求として修正を求めます。相当の期間を定めて催告し、直されなければ報酬の減額へ進みます。
二つ目。納品された部材の数が発注数より少ない。これは数量の不適合です。566条の1年制限は種類と品質についての定めなので、数量不足にはこの制限が働きません。不足分の引渡しを請求するのが基本線ですが、事業者間の売買であれば商法526条の検査義務が先に効いてきます。受領したらすぐ数えてください。
三つ目。納品されたイラストに、他社のキャラクターに酷似した部分が含まれていた。これは物の品質ではなく、権利の問題として565条の射程に入る可能性があります。同時に、著作権侵害という別の責任も生じ得ます。制作を依頼する側は、素材の出所と権利処理の状況を確認する条項を契約書に入れておくべきです。
いずれの場面でも、動き出す前に確かめるのは同じ二点です。契約の内容として何を約束していたか、そしていつ気づいたか。この二つが押さえられていないまま交渉を始めると、話が感情論に流れます。
条文を契約書に落とすときの順番
条文が分かっても、契約書を書けるようになるわけではありません。実際に手を動かす順番を示します。
最初にやるのは、成果物の定義です。何をもって完成とするかを、数えられる形で書きます。画面数、機能一覧、文字数、納品ファイルの形式、動作確認するブラウザや端末。ここが曖昧なまま責任条項だけ整えても、不適合かどうかの判断ができません。
次が、検収の手続きです。誰が、いつまでに、どういう基準で確認するか。検収の期限を過ぎたら合格とみなす、という条項を入れておくと、いつまでも宙吊りになる事態を避けられます。
三番目が、契約不適合責任の期間です。民法の1年をそのまま使うのか、短く定めるのか。短くする場合、その期間がいつから始まるのかも書きます。
四番目が、責任の範囲と上限です。直接損害に限るのか、逸失利益まで含むのか。賠償額の上限を報酬額までとするのか。ここを書かずに納品する契約は、受注側にとって相当に危険です。
五番目が、無償対応の線引きです。契約不適合責任にもとづく修正は無償、それ以外の追加要望は別見積り。この一文があるかないかで、納品後の負担がまるで変わります。
こうした条項を自分の言葉で書けるようになるには、文書の型を一度体系的に通しておくのが早道です。ビジネス文書検定のような資格は、契約書そのものを教えるものではありませんが、条件を落とさずに書く型が身につきます。
買主の側で証拠をどう残すか
条文が味方をしてくれるのは、事実を示せる場合だけです。請求する側が準備しておくべき記録を挙げます。
第一に、契約の内容を示す資料です。契約書だけでなく、見積書、仕様書、提案書、打ち合わせのメモ、見本として提示されたサンプル。これらが「契約の内容」を形づくります。口頭で追加された条件は、その日のうちにメールで確認して残しておいてください。
第二に、不適合の状態を示す資料です。写真、動画、エラーログ、検査結果。数値で示せるものは数値で残します。「動きが遅い」ではなく「読み込みに8秒かかる」と書けるかどうかで、交渉の通りやすさが変わります。
第三に、気づいた日を示す資料です。起算点が争点になる以上、いつ気づいたかを後から作ることはできません。検品記録、社内チャットの投稿、エンドユーザーからの問い合わせ日時。その場で残すしかないものです。
第四に、通知した事実を示す資料です。メールの送信履歴、チャットのログ、内容証明郵便の控え。相手が受け取ったことまで示せると、なお確実です。
第五に、相手の対応の記録です。追完を拒絶する発言があったなら、それは催告なしで減額に進める根拠になります。「直す気はない」という一文がメールに残っているかどうかで、次の手が変わります。
20年この市場を見てきた立場からの観察
在宅ワークと業務委託の仲介を20年続けてきた運営者として見てきた限りでは、契約不適合責任の条文を知っている受注者と知らない受注者では、揉めたときの消耗の度合いがまるで違います。
知らない人は、クレームが来た瞬間に全面的に引き受けてしまうか、感情的に拒絶するかのどちらかに寄ります。知っている人は、まず「これは契約の内容と照らしてどうか」を確認し、そのうえで直すか断るかを決めます。この一手間が入るだけで、相手の側も冷静になります。条文は、相手を叩くための道具ではなく、話を事実に引き戻すための共通の物差しとして効きます。
もう一つ、長く続いている受注者は、揉めそうな兆候を早い段階で書面化しています。指示に違和感を覚えたら、その日のうちに「この方針だとこういう問題が起きる可能性があります」と送っておく。636条の但し書きが求めているのは、まさにこの行動です。あとから証明するのではなく、その場で記録を残す。派手さはありませんが、これが最も効きます。
中間に業者が入らない直接取引では、契約書の条項を相手と直接詰められます。同じ予算で依頼者はより多くを頼め、受け手の手元に残る額も厚くなります。手数料0%という条件が効くのは、金額の話だけではありません。責任の範囲を自分で交渉できる余地が広いという、質の違いのほうが大きい。雛形がそのまま降りてくる取引では、この交渉そのものが成立しないことが多いのです。
環境が動く仕事で条文をどう読むか
最後に、成果の評価が外部環境で揺れる仕事について触れます。
マーケティングの支援やセキュリティの構築のように、納品時点では正しく動いていたものが、外部サービスの仕様変更やアルゴリズムの更新で機能しなくなることがあります。これを契約不適合と呼べるかどうかは、契約で何を約束していたかに戻ります。特定の成果を保証していたのか、当時の環境で正常に動作する仕組みを提供したのか。この区別を契約書に書いておかないと、あとから議論がかみ合いません。
AI・マーケティング・セキュリティのお仕事のように変化の速い領域では、契約書に「前提となる外部環境」を書き残す習慣が効きます。前提が崩れた場合は再見積りとする、という一文を置いておくだけで、無償対応の泥沼を避けられます。
条文を読むことは、争うための準備ではありません。どこまでが自分の約束で、どこからが相手の領分かを、事前にはっきりさせる作業です。その線が引けている契約ほど、実際には揉めません。手元の契約書を開いて、562条から566条までと、636条から637条までを横に置いて読み比べてみてください。書かれていない項目が、そのまま将来の争点になります。
よくある質問
Q. 契約不適合責任で買主が使える手段は何種類ありますか?
民法は四つを用意しています。直してもらう・取り替えてもらう・不足分をもらうという履行の追完請求、代金を減らす代金減額請求、損害賠償請求、そして契約の解除です。564条により、追完や減額を求めたからといって損害賠償や解除ができなくなるわけではなく、重ねて使えます。どれを選ぶかは不適合の程度と目的によって変わります。
Q. 代金の減額はいきなり請求できますか?
原則は、相当の期間を定めて追完を催告し、その期間内に直されなかった場合に請求できます。ただし追完が不能なとき、売主が追完を明確に拒絶したとき、期限を過ぎると契約の目的を達成できない場合にその時期を過ぎたとき、催告しても見込みがないことが明らかなときの四つは、催告なしで請求できると定められています。
Q. 「契約不適合責任を負わない」と契約書に書けば完全に免責されますか?
されません。民法572条は、知りながら告げなかった事実については免責特約があっても責任を免れないと定めています。相手が消費者の場合は消費者契約法により、損害賠償責任を全部免除する条項などが無効になります。免責条項は万能ではないという前提で読んでください。
Q. クライアントの指示どおりに作ったのに不具合が出ました。責任を負いますか?
請負について定める民法636条は、注文者が供した材料や注文者の指図によって生じた不適合を理由として、追完請求や損害賠償請求などをすることはできないと定めています。ただし、その材料や指示が不適当だと知りながら告げなかったときは適用されません。気づいた時点で書面やメールで伝えておくことが前提になります。
この記事について
編集部
監修:@SOHO編集部
2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

この記事を書いた人
朝比奈 蒼@SOHO編集部
ITメディア編集者
IT系メディアで編集・ライティングを担当。クラウドソーシング業界の動向やサービス比較など、客観的な視点での記事を執筆しています。
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