記帳代行で値上げを切り出すタイミング|交渉の材料と伝え方 2026

長谷川 奈津
長谷川 奈津
記帳代行で値上げを切り出すタイミング|交渉の材料と伝え方 2026

この記事のポイント

  • 記帳代行の値上げを在宅のまま切り出すタイミングと交渉材料を法務の視点で整理しました
  • インボイスや電子帳簿保存法で増えた工数の示し方
  • 断られたときの選択肢まで解説します

在宅で記帳代行を続けていると、必ず「この単価は今の作業量に見合っているのか」という疑問にぶつかります。結論から言うと、記帳代行は値上げの理由を作りやすい仕事です。制度変更で工数が増えた事実を、仕訳件数と作業時間という数字で示せるからです。これ、知らない人が本当に多いんです。

多くの人が値上げを言い出せない理由は、交渉の言葉が思いつかないからではありません。契約時に合意した処理件数と、いま実際に処理している件数を誰も把握していないからです。だから「なんとなく忙しくなった気がする」で止まってしまう。

この記事では、記帳代行の料金相場を発注側と受注側の両面から整理したうえで、値上げを切り出すべきタイミング、交渉に使う材料の集め方、そのまま使える文面、断られたときの選択肢、そして業務委託で働くあなたが法律上守られている範囲までを通しで解説します。

記帳代行の料金相場を発注側の視点から知る

交渉の出発点は、自分の報酬が発注側の予算のどこに位置しているかを知ることです。ここを飛ばすと、すでに上限にいるのに交渉して関係を壊したり、逆に相場の半分なのに諦めたりします。

発注側が支払う料金は仕訳件数で決まる

税理士事務所や記帳代行会社が顧問先に提示する料金は、月間の仕訳件数を基準に段階的に設定されているのが一般的です。月50件まで、100件まで、200件まで、という刻みで料金が上がる形です。

顧問先が支払う金額は、月100件程度の規模で月額1万5,000円から3万円あたりが中心帯になります。決算まで含めると別途費用が発生します。ここで理解しておくべきは、この金額は顧問先が事務所に払う額であって、実際に入力する在宅スタッフが受け取る額ではないということです。

つまり、あなたの報酬は「顧問先の支払額」から事務所の取り分を引いた残りです。この構造を知らないまま「相場より安い」と主張しても、話が噛み合いません。交渉するときは、自分が受け取っている額が業務委託スタッフとしての相場のどこにあるかを見てください。

費用の内訳をもう少し分解すると、発注側は入力の手間だけに払っているわけではありません。証憑の受け渡し、不明点の確認、月次の締め、そして年に一度の決算補助。これらを一括で任せられることに価値を感じています。だからこそ、入力だけを切り出して単価を語ると安く見え、範囲全体で語ると適正に見える。説明の単位を変えるだけで印象が変わるという点は、交渉前に押さえておいてください。

受注側の時給と仕訳単価の相場

在宅で記帳代行を請ける場合の報酬形態は、時給制と仕訳件数単価制の2つに分かれます。

時給制の場合、未経験に近い層で1,100円から1,400円、実務経験があると1,500円から2,000円あたりが目安です。税理士資格や法人税申告書の作成経験があると、さらに上の帯に入ります。求人情報を見ると、この構造がはっきり出ています。

クラウド会計ソフトを活用した記帳代行および税務書類作成業務の経験者を募集します。freee会計の実務経験は必須です。オンラインミーティングや画像解析サービス、業務マニュアル導入により、効率的な業務遂行と高い稼働時間単価を実現しています。税理士有資格者や法人税申告書作成経験者は時給優遇の対象となります。完全土日祝休み、1日4時間以内OK、週2~3日から勤務可能で、副業・Wワークも歓迎します。 出典: 求人ボックス

注目してほしいのは「税理士有資格者や法人税申告書作成経験者は時給優遇」という一文です。つまり、発注側は資格と経験を単価の根拠として明示的に使っているということです。この基準は交渉でもそのまま使えます。自分が優遇の条件に近づいたなら、それは値上げを切り出す正当な理由になります。

仕訳件数単価制の場合、1仕訳あたり20円から50円程度が目安です。月500件処理すれば1万円から2万5,000円という計算になります。この形態は処理が速い人ほど有利になりますが、資料が整っていない顧問先を担当すると時給換算が一気に崩れるという特徴があります。

ここに、件数単価制の最大の落とし穴があります。同じ100件でも、銀行連携が効いていて摘要が整っている顧問先なら1時間で終わりますが、紙の領収書が封筒で届く顧問先なら4時間かかります。件数は同じでも時給は4倍違う。にもかかわらず、単価は件数だけで決まっている。この不均衡を可視化することが、そのまま交渉材料になります。

副業として在宅で始める場合の条件

記帳代行は副業として始めやすい職種です。週2日から、1日4時間以内という条件の募集が多く、在宅完結が前提になっているものも珍しくありません。

実務経験者優遇の記帳代行・確定申告補助業務です。会計データの作成、会計ソフトへの記帳入力、確定申告書の作成補助、メール対応、データ集計・入力・チェックなどを行います。完全土日祝休み、年間休日120日以上、年末年始休暇があり、1日4h以内OK、週2~3日からOK、10時以降始業、16時前終業、副業・WワークOK、時短勤務制度あり、テレワーク・在宅OK、服装自由です。 出典: 求人ボックス

つまり、時間の融通と在宅完結という条件は、すでに市場の標準になりつつあるということです。ここが重要で、条件面で他社と大きな差がないなら、発注側が競争しているのは単価です。この認識があるだけで、交渉の心理的ハードルは下がります。

副業として始める側のメリットも整理しておきます。1つ目は、繁忙期と閑散期がはっきりしているため予定が立てやすいこと。2つ目は、作業が数値で残るため実績を証明しやすいこと。3つ目は、覚えた知識が自分の確定申告にそのまま使えることです。逆にデメリットは、締め日が固定されているため月末月初に稼働が集中する点と、ミスが金額に直結するため精神的な負荷が高い点です。この2つを許容できるかどうかが、続けられるかの分かれ目になります。

記帳代行という仕事の全体像、必要なスキル、案件の探し方については経理・財務・帳簿・税務のお仕事に整理されています。自分の担当業務が市場でどう定義されているかを確認する起点として使えます。

選び方の視点で見る単価が上がりやすい案件

案件を選ぶ段階で、単価が上がりやすいかどうかはある程度見分けられます。判断軸は3つあります。

1つ目は、資料の受け渡し方法です。紙の領収書を郵送で受け取る案件は、スキャンや仕分けの工数が読めません。クラウド会計と銀行連携が整っている案件のほうが、処理件数あたりの時間が安定します。応募の段階で「資料はどのような形式でいただけますか」と聞くだけで、かなりの情報が得られます。

2つ目は、担当する顧問先の数です。1人で多数の顧問先を担当する形は、切り替えコストが積み上がります。少数を深く担当する形のほうが、習熟による効率化が効きやすく、単価交渉の根拠も作りやすい。

3つ目は、決算や申告まで関われるかどうかです。入力だけの契約は代替可能性が高く、単価の天井が低い。逆に、申告補助まで含む契約は、担当者が抜けたときの影響が大きいため、条件を維持しようとする力が働きます。応募時に「将来的に決算補助まで関われる可能性はありますか」と確認しておくと、伸びしろのある案件を選べます。

記帳代行で値上げを言い出せない理由

相場を知っていても、多くの人は切り出せません。理由を分解します。

契約書に処理件数の上限が書かれていない

これが最大の原因です。記帳代行の業務委託契約書には「記帳業務一式」「会計データ入力業務」といった書き方がされていることが多く、月何件までという上限がありません。

先日、在宅で記帳代行をされている方から相談を受けました。契約時は月200件程度という話だったのに、2年後には月450件になっていた。報酬は月額固定のまま。契約書を確認したら件数の記載がなく、発注側は「特に決めていなかった」という認識でした。

つまり、件数の上限を書いていない契約は、業務量が無限に増える構造になっているということです。発注側に悪意があるケースばかりではありません。顧問先が増えれば作業も増える。それが誰の負担になっているかを、双方が数字で把握していないだけです。

このケースで実際に効いたのは、感情ではなく1枚の表でした。契約時の想定件数、直近3か月の実件数、1件あたりの平均処理時間。この3つを並べて送ったところ、担当者は上長に持っていける形になり、翌月から件数連動の精算に切り替わりました。交渉とは、相手が社内で使う説明資料を代わりに作る作業だという理解が、ここでも当てはまります。

入力作業だから安くて当然という思い込み

記帳代行を単純作業だと捉えている人は、受注側にも一定数います。しかし実際にやっているのは、証憑を見て取引の性質を判断し、適切な勘定科目に振り分ける作業です。判断が入る以上、単純作業ではありません。

特に、証憑が不足している取引を見つけて確認する、消費税の課税区分を判定する、期ズレを検出する。この3つは経験がないとできない仕事です。自分の作業を入力と説明するか、判断を含む処理と説明するかで、相手の受け取り方が変わります。

私自身、独立した当初は自分の業務を書類作成の代行と説明していました。それだと価格の話にしかなりません。不備を先に見つけて手戻りを防ぐ役割だと説明を変えてから、条件の話がしやすくなった。言葉の選び方で、相手の予算の出どころが変わることがあります。

契約を切られる不安

在宅で働いていると、営業活動が最も重いタスクになります。その結果、割に合わなくても現状維持を選ぶ。この判断自体は責められませんが、時給が生活を圧迫する水準まで下がっているなら話は別です。

対処は単純で、交渉の前に代替案件の候補を確認しておくことです。実際に応募まで進める必要はありません。在宅の仕事を未経験から探す段取りは在宅ワークを未経験から始める方法|必要なスキルと準備【2026年版】に整理されているので、自分の選択肢を把握する用途に使えます。候補が3つ見えているだけで、交渉時の声色が変わります。

値上げを切り出す5つのタイミング

同じ依頼でも、送る時期で結果が変わります。通りやすい順に整理します。

タイミング1 処理件数が明らかに増えたとき

最も強い理由です。契約時の想定件数と、直近3か月の実処理件数を並べて、差が3割以上あれば交渉は成立します。

会計ソフトの機能を使えば、期間ごとの仕訳件数は簡単に集計できます。この数字を添えるだけで、担当者は社内で説明できるようになります。逆に、件数の数字がない訴えは「忙しいという感想」として処理されます。

この場合、値上げというより契約内容の再確認として切り出すのが正解です。件数が増えているので扱いを相談させてくださいという入り方であれば、相手も身構えません。実務上、この形で切り出した交渉は通過率が高い傾向があります。

タイミング2 制度変更で工数が増えたとき

インボイス制度と電子帳簿保存法は、記帳代行の作業量を確実に押し上げました。適格請求書発行事業者の登録番号を確認する、登録の有無で仕入税額控除の扱いを分ける、電子取引データを要件に沿って保存する。この3つは、以前は存在しなかった作業です。

つまり、同じ仕訳件数でも1件あたりの処理時間が増えているということです。これは受注側の都合ではなく、制度側の変更です。だからこそ、交渉の理由として最も説明しやすい。制度の要件については国税庁の案内を確認したうえで、自分の担当業務で何が増えたかを具体的に書き出してください。

書き出すときのコツは、作業名ではなく所要時間で書くことです。登録番号の確認に月3時間、電子取引データの保存対応に月2時間。合計で月5時間の増加。この形にすると、担当者は時給換算で判断できます。

タイミング3 契約更新月や期初の1か月前

多くの事務所は年度単位で予算と人員配置を組みます。この直前に打診しておくと、担当者は次の体制に織り込めます。逆に、体制が固まった直後に切り出すと次期に検討しますで終わり、その間ずっと現在の条件で働くことになります。

税理士事務所の場合、繁忙期である1月から3月を避けるという配慮も必要です。この時期に条件交渉を持ち込むと、内容以前に対応してもらえません。5月から6月、または9月から10月あたりが動きやすい時期です。この職種特有の事情なので、必ず押さえておいてください。

タイミング4 担当範囲が広がる相談が来たとき

顧問先をもう1件お願いしたい、決算の補助もお願いできないか。こうした相談は、交渉の合図です。発注側は、業務を理解している人に任せたほうが早いと知っています。

言い方としては、追加を断るのではなく、範囲を広げるなら体制を整えるために条件を見直させてくださいと、受ける前提で条件を添えるのが通りやすい形です。断ってから交渉するより、心理的な抵抗が小さくなります。

タイミング5 資格や対応範囲が広がったとき

簿記2級を取得した、法人の決算補助ができるようになった、消費税の課税区分判定を独力でできるようになった。こうした変化は、発注側にとって頼める範囲が広がったことを意味します。

簿記の資格を起点に在宅の経理案件へ進む道筋は簿記3級で始める在宅副業ガイド|経理・記帳代行の案件相場にまとまっています。ここで示されている案件相場の水準と、自分の現在の報酬を比べてみてください。差が大きいなら、それ自体が交渉の材料になります。

交渉に使う4つの材料をどう集めるか

タイミングが来ても材料がなければ通りません。集めるべきものは4種類です。

材料1 仕訳件数の推移

会計ソフトから月別の仕訳件数を出力してください。契約開始時点、1年前、直近3か月。この3点があれば推移が見えます。グラフにする必要はなく、数字を3つ並べるだけで十分です。

件数が増えていない場合でも、諦める必要はありません。件数は同じでも処理時間が増えているなら、その理由を書き出してください。制度対応、証憑の不備対応、確認のやり取りの増加。いずれも正当な理由になります。

材料2 作業時間の記録

最低1か月、できれば3か月は記録してください。入力、証憑の整理、不明点の確認、月次のチェック、コミュニケーション。この5つに分けて記録すると、どこで時間が溶けているかが見えます。

月額固定で受けている場合、時給換算が1,000円を下回っていることに初めて気づく人もいます。この数字は交渉材料であると同時に、自分の判断材料でもあります。作業効率そのものを見直したい場合は在宅ワークの集中力アップ|ポモドーロ以外に効く7つのテクニックの手法が参考になります。特に記帳作業は中断に弱いため、まとまった時間を確保する工夫が直接効きます。

材料3 発注側にとっての成果

記帳代行の成果は数字になりにくいと思われがちですが、示せるものはあります。月次の締めが期日どおりに終わっている、差し戻しの件数が減っている、顧問先からの問い合わせに直接対応できている。こうした事実は、発注側の負担を減らしているという意味で成果です。

特に差し戻しの少なさは強い材料です。事務所側から見ると、チェックに手間がかからない担当者の価値は、単価の差以上に大きい。この点は、交渉のときに必ず言語化してください。「直近6か月で差し戻しは2件でした」という一文があるだけで、説得力がまったく変わります。

材料4 市場相場の裏付け

他社ではもっと高いという言い方は角が立ちますが、公開されている求人条件を根拠にするのは有効です。有資格者優遇、実務経験者優遇といった条件は求人に明記されているので、自分がその条件に該当することを示せば、個人的な要求ではなく市場の話として提示できます。

有資格者の位置づけは、募集要項からも読み取れます。

フルリモートで活躍できる税理士資格者を募集します。主な業務はfreee会計を利用した記帳代行、決算申告、消費税申告、年末調整業務、償却資産申告、お客様の税務相談対応、会計ソフトへの入力・仕訳チェック、税務調査立合などです。給与計算や設立申請などの経験も可能です。税理士資格と税務・会計業務の実務経験が必須です。 出典: 求人ボックス

つまり、在宅であっても資格者に求められる業務範囲は広く、その分の報酬水準も別枠で設定されているということです。資格取得が単価に直結する数少ない職種のひとつだと言えます。

そのまま使える伝え方の文面

材料が揃ったら、伝え方に落とします。型は共通です。

通りやすい文面の5要素

1つ目は感謝と継続の意思。2つ目は現在の処理件数と業務範囲の確認。3つ目は作業時間と成果の事実。4つ目は具体的な希望額と適用時期。5つ目は相談の余地を残す一文。この順で書くと、担当者はそのまま社内の説明に転用できます。

特に4つ目を曖昧にしないでください。少し上げていただけるとという書き方は、親切に見えて相手を困らせます。金額と開始月を明示するほうが、結果的に相手の手間を減らします。

例文A 処理件数の増加を理由にする場合

いつもお世話になっております。◯◯です。

現在お受けしている記帳業務について、範囲の確認をさせていただきたくご連絡しました。

契約開始時は月200件程度の仕訳をお受けする想定でしたが、会計ソフトで集計したところ、直近3か月は月平均420件となっております。あわせて、適格請求書の登録番号確認と電子取引データの保存対応が加わり、1件あたりの処理時間も増えている状況です。

つきましては、10月分より月額報酬を7万円へ見直しをご相談させてください。もしご予算の調整が難しい場合は、担当件数を月300件までとする形でも問題ありません。ご都合のよい形をお聞かせいただければ幸いです。

例文B 対応範囲の拡大を理由にする場合

いつもお世話になっております。◯◯です。

お手伝いを始めてから2年が経ちました。引き続き長くご一緒できればと考えており、その前提でひとつご相談させてください。

この間に、消費税の課税区分判定と月次資料の作成まで対応できるようになり、直近6か月で差し戻しのご連絡は2件にとどまっております。簿記2級も取得いたしました。

つきましては、11月分より時給を1,800円へ見直しをご検討いただけないでしょうか。ご予算の都合もあるかと思いますので、段階的な調整でも構いません。引き続きよろしくお願いいたします。

やってはいけない言い方

生活費の事情を持ち出す。他の取引先名を出して比較する。期限を切って迫る。安すぎると評価を下す表現を使う。この4つは避けてください。いずれも、担当者が社内で説明に使えない情報だからです。

もう1つ、謝りすぎるのも逆効果です。厚かましいお願いで恐縮ですがを重ねると、自分でその要求を不当だと認めているように読めます。丁寧さと卑屈さは違います。

法律があなたを守っている範囲

ここは必ず知っておいてほしい部分です。

取引条件は書面で明示される必要がある

業務委託で仕事を受ける場合、発注者は業務内容、報酬額、支払期日といった取引条件を書面または電磁的方法で明示する義務があります。つまり、口頭やチャットの流れだけで担当件数が増え、条件が曖昧なまま進むのは本来おかしい状態です。

これ、知らない人が本当に多いんです。契約書は最初に交わしたきりという状態で業務だけが増えているなら、条件の明示を求めること自体が正当な行為です。値上げが言い出しにくいなら、まず現在の担当範囲を書面で確認させてくださいから入る方法もあります。

報酬の支払期日と一方的な減額

発注者は、成果物を受け取った日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定め、その期日までに報酬を支払う必要があります。顧問先からの入金が遅れているからという理由で支払いを引き延ばすのは、この原則に反します。

また、あらかじめ定めた報酬を一方的に減額する行為も禁止されています。今月は件数が少なかったから減らすという扱いは、件数連動を契約で定めていない限り問題になり得ます。取引条件に関する考え方は公正取引委員会が発注者側の遵守事項として整理しています。

なお、実際に未払いが発生して請求まで進む場合は、弁護士に相談してください。この記事で書いているのは、交渉の前提として知っておくべき原則の部分です。

契約変更は必ず記録に残す

値上げが通ったあと、最も多いトラブルが担当者が変わって元の条件に戻されたというものです。チャットで合意しただけでは、担当者の異動とともに記録が消えます。

報酬額、担当件数の上限、業務範囲、支払期日、契約期間。この5点は書面に反映させてください。既存の契約書に追記する形でも、覚書を1枚交わす形でも構いません。手間に見えますが、次に交渉するときの出発点にもなります。

報酬が増えたら確定申告の要否を確認する

副業として在宅で記帳代行を行っている場合、給与以外の所得が年間20万円を超えると確定申告が必要になります。単価が上がって年間報酬が跳ねると、この線を越えるケースが出てきます。要否や必要書類は国税庁の案内で確認してください。

記帳代行という仕事柄、自分の申告を後回しにする人が意外と多い。他人の帳簿は完璧なのに自分の記帳が滞っている、というのはこの職種のあるあるです。報酬が変わったタイミングで、自分の分もあわせて整理しておくことをおすすめします。

単価の天井そのものを上げる方向

交渉で動かせる幅には限界があります。同じ契約で時給1,200円を1,600円にするのが精一杯という場面は多い。より大きな変化を求めるなら、扱う業務そのものを移すほうが速いです。

入力から判断業務へ移る

入力作業の単価が上がりにくいのは、代替可能性が高いからです。銀行連携とAIによる自動仕訳の精度が上がるほど、単純入力の価値は下がっていきます。逆に、自動仕訳の結果を検証する、例外的な取引を判断する、月次の異常値に気づくといった業務は、経験がないとできません。

この移行は、担当業務を増やすというより、説明の仕方を変えることから始まります。入力していますではなく、自動仕訳の精度を検証して判断が必要な取引を処理していますと説明する。実態が同じでも、相手が認識する価値は変わります。

資格で対応範囲を広げる

簿記2級、税理士科目、給与計算に関する検定。この3つは記帳代行の対応範囲を直接広げます。特に、給与計算まで対応できると年末調整の時期に依頼が集中し、交渉力が高まります。

書類作成やコミュニケーションの品質を客観的に示したい場合はビジネス文書検定のような資格も選択肢になります。直接的な単価アップにはつながりにくいものの、顧問先との窓口を任される段階では説明材料になります。

隣接スキルを1つ足す

会計まわりだけで単価を上げるより、隣接領域を1つ足したほうが跳ねます。クラウド会計の初期設定支援、業務フローの改善提案、AIツールを使った証憑整理の効率化。特に後者は、発注側が処理量を増やしたいと考えている以上、直接的な価値になります。どんな業務が求められているかはAI・マーケティング・セキュリティのお仕事で全体像がつかめます。

技術方向に振る場合の報酬水準はソフトウェア作成者の年収・単価相場で確認できますし、インフラ寄りに進むならCCNA(シスコ技術者認定)のような資格が入口になります。文章で説明する仕事の水準を知りたい場合は著述家,記者,編集者の年収・単価相場が比較の起点になります。まったく別方向、たとえば制作系の作曲・編曲・効果音・ジングルのお仕事のような領域もありますが、記帳代行からの距離は遠いので参考程度に見てください。

断られたときの選択肢

交渉が一度で通る保証はありません。断られた場合の動き方を先に決めておくと、感情的な反応を避けられます。

担当件数に上限を設ける

報酬が据え置きなら、件数の上限を設定するという調整があります。月300件まで、それを超える分は別途精算。この形にすれば、金額を動かさずに実質的な時給を守れます。発注側にとっても予算管理がしやすくなるため、値上げより受け入れられやすい場面があります。

段階的な見直しを取り付ける

一度に希望額へ到達しなくても、半年後に再検討するという約束を取り付けられれば前進です。今期は難しいが次期に検討するという回答を得たら、その内容をメールで残してください。担当者が異動したときに、記録があるかどうかで結果が変わります。

撤退のラインを事前に決める

交渉前に、これ以下なら継続しないというラインを決めておきます。感情ではなく数字で決めるのがコツです。作業時間で割った時給が1,000円を下回るなら継続しない、といった基準があれば、断られた瞬間に迷わずに済みます。

撤退する場合も引き継ぎは丁寧に行ってください。会計まわりの業界は狭く、担当者は転職します。数年後に別の事務所から声がかかることは実務上よくあります。特に記帳代行は、途中で放り出されると顧問先に直接影響が出る仕事です。ここで信用を落とすと、市場全体での評判に響きます。

市場を長く見てきた立場からの観察

フリーランスと在宅ワークの市場を20年運営してきた立場から言えば、記帳代行で報酬が安定して上がっていく人には共通点があります。それは入力が速いことではなく、発注側の確認作業を減らしているかどうかです。

不明点をまとめて一度に聞く、判断が分かれる取引には根拠を添えて処理する、月次の異常値を先に報告する。この3つを続けている人は、値上げを切り出す前に発注側から条件を提示されることが珍しくありません。逆に、処理は正確でも都度細かい確認を投げてくる人は、条件が据え置かれる傾向がはっきり出ます。発注側が払っているのは、入力の手数ではなくチェックしなくて済む状態に対してです。

もう1つ、長く続く人ほど取引の構造に敏感だという観察があります。事務所や仲介を経由する取引では、顧問先が月3万円を払っていても、実際に処理する人の手取りはその3分の1程度になることがあります。中間マージンが乗らない手数料0%の直接取引であれば、同じ予算で依頼者はより多くの範囲を任せられ、受け手の手取りは厚くなる。単価を交渉して20%を勝ち取るのは大仕事ですが、取引の形を変えるだけで同じ効果が得られる場合があります。この構造に早く気づいた人ほど、交渉で消耗していない、というのが現場を見てきた実感です。

データから読み取れる記帳代行市場の実態

求人情報を横断して見ると、記帳代行には明確な2層構造があります。入力作業として時間で測られる層と、判断と申告補助を含む役割で測られる層です。前者の中での値上げには天井があり、多くの場合1.5倍程度で頭打ちになります。

後者に移った人の報酬は、処理件数と切り離されていきます。この顧問先の帳簿を見てくれる人として契約する形になると、単価の議論の土俵そのものが変わる。これは特別なスキルというより、対応範囲の説明の仕方と、資格による裏付けの差による部分が大きい。

もうひとつ読み取れるのは、クラウド会計の実務経験が事実上の必須条件になりつつあるという点です。求人の条件欄に特定のソフト名が明記されるケースが増えており、これは裏を返せば、そのソフトに習熟していることが交渉材料になるということでもあります。会計ソフトのベンダーはfreeeマネーフォワードなど複数あり、複数対応できる人材の希少性は高い状態が続いています。

最後に実務的な結論を書いておきます。値上げは思い立った日に送るものではありません。処理件数が増えたことを数字で確認した時点か、制度対応で工数が増えた直後か、繁忙期を外した期初の1か月前か。この3つのいずれかに合わせて、件数の推移と作業時間の記録を添えて、金額と開始月を明示して送る。それだけで結果は変わります。そして、条件が変わったら必ず書面に残してください。法律はあなたの味方です。ただし、記録がないと味方になりようがないんです。

よくある質問

Q. 記帳代行の値上げは、何か月続けてから切り出すべきですか?

期間より状況で判断してください。目安としては継続6か月を超えたあたりから交渉の余地が生まれますが、処理件数が契約時の想定より3割以上増えている場合は3か月でも切り出して問題ありません。逆に、件数の推移も作業時間の記録もない状態では、何年続けていても通りにくいのが実情です。まず会計ソフトで月別の仕訳件数を出すところから始めてください。

Q. 在宅の記帳代行の時給相場はどのくらいですか?

未経験に近い層で1,100円から1,400円、実務経験があると1,500円から2,000円あたりが目安です。税理士資格や法人税申告書の作成経験があると、さらに上の帯になります。仕訳件数単価制の場合は1件20円から50円程度が中心です。ただし資料が整っていない顧問先を担当すると、件数単価制は時給換算が大きく崩れる点に注意してください。

Q. 資格がなくても記帳代行の値上げ交渉はできますか?

できます。交渉の根拠は資格だけではありません。処理件数の増加、制度対応による工数増、差し戻しの少なさ、月次の締めが期日どおり終わっている実績。これらはすべて有効な材料です。ただし簿記2級や給与計算の資格があると対応範囲が広がり、交渉の選択肢が増えるのも事実です。資格は必須ではなく、加速装置だと考えてください。

Q. 値上げを断られたら、その契約は終わらせるべきですか?

断られた事実だけで判断しないでください。基準は作業時間で割った時給です。1,000円を下回っているなら継続の見直しを検討し、それ以上なら担当件数に上限を設ける調整が有効です。月300件までとして超過分は別途精算という形なら、発注側も予算管理がしやすく、値上げより受け入れられやすい場面があります。

この記事について

@SOHO
編集部

監修:@SOHO編集部

2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

公開:2026年7月20日最終更新:2026年8月5日
長谷川 奈津

この記事を書いた人

長谷川 奈津@SOHO編集部

行政書士・元企業法務

企業法務で数多くのフリーランス契約を扱った経験を活かし、フリーランス向けの法律・契約・権利に関する記事を執筆。「法律はあなたの味方です」がモットー。

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