スタートアップの新たな調達手段「ベンチャーデット」のメリットと条件

永井 海斗
永井 海斗
スタートアップの新たな調達手段「ベンチャーデット」のメリットと条件

この記事のポイント

  • スタートアップの資金調達において注目を集める「ベンチャーデット(融資)」の仕組みを徹底解説
  • そして審査を通過するための条件とは

スタートアップの資金調達といえば、ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受ける「エクイティ・ファイナンス」を真っ先に思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、2024年 〜 2026年 にかけて、日本のスタートアップ界隈で急速に普及しているのが 「ベンチャーデット(Venture Debt)」 です。

ベンチャーデットとは、一言で言えば「スタートアップ向けの融資」のこと。従来の銀行融資とは異なり、赤字の状態であっても、VCからの出資実績や将来性を担保に資金を借りられる仕組みです。

本記事では、なぜ今ベンチャーデットが選ばれているのか、その仕組みとメリット、そして実際に借りるための条件について、実例を交えながら徹底解説します。

1. ベンチャーデットとは? 従来の銀行融資との決定的な違い

これまで、赤字のスタートアップが銀行からお金を借りるのは至難の業でした。銀行は「過去の実績」と「担保」を重視するため、将来性があっても「現時点で赤字なら返済能力なし」と判断されるのが一般的だったからです。

しかし、ベンチャーデットは違います。

① 「VCの目利き」を信用に乗せる

ベンチャーデットの提供側(あおぞら銀行、三菱UFJ銀行、静岡銀行、あるいは専業のデットファンドなど)は、VCが出資しているという事実を「プロによる審査を通った証拠」として評価します。つまり、VCの資金が入っていることが、実質的な「信用担保」になるのです。

② 新株予約権(ワラント)の付与

ベンチャーデットの最大の特徴の一つが、金利だけでなく 「新株予約権(ワラント)」 をセットで提供するケースが多いことです。貸し手は、将来会社が上場したり買収されたりした際に、あらかじめ決めた価格で株を購入できる権利を持ちます。これにより、貸し手は「貸し倒れリスク」を取りつつも、アップサイド(値上がり益)を狙うことができます。

2. ベンチャーデットを活用する 3つの絶大なメリット

なぜ、あえて「借金」であるデットを選ぶのでしょうか。そこにはエクイティだけでは得られないメリットがあります。

メリット1:株式の希薄化(ダイリューション)を抑えられる

VCから出資を受けると、当然ながら経営権(持ち株比率)が削られます。一方、ベンチャーデットは「借り入れ」ですので、原則として持ち株比率に影響を与えません(ワラント分を除く)。 例えば、1億円 を調達したい場合。

  • 全額エクイティ: 持ち株の 10% を放出。
  • 5000万円エクイティ+5000万円デット: 放出する株は 5% で済みます。 これにより、創業者は経営の主導権を維持しやすくなります。

メリット2:バリュエーションを維持・向上させる「ブリッジ資金」になる

次の大型調達(シリーズAやB)までに、あと少しだけ実績(トラクション)を積みたい。そんな時にベンチャーデットで資金を補填(ランウェイを延長)することで、より高いバリュエーション(企業価値)で次のエクイティ調達に臨むことができます。これを 「ブリッジ(架け橋)・ファイナンス」 と呼びます。

メリット3:資本コスト(WACC)を下げられる

一般的に、エクイティの期待利回りはデットの金利よりも遥かに高いです。成長フェーズにおいて、利息を払ってでもデットを組み合わせる方が、会社全体の「資金調達コスト」を安く抑えることができるのです。

3. ベンチャーデットを受けるための「3つのハードル」

メリットばかりに見えるベンチャーデットですが、誰でも借りられるわけではありません。審査では主に以下の 3点 が問われます。

ハードル① 有名VCからの出資実績

残念ながら、エンジェル投資家や無名のVCのみからの出資では、ベンチャーデットの審査を通るのは難しいのが現状です。銀行やデットファンドが「ここは安心だ」と思えるティア1、ティア2クラスのVCがリード投資家として入っていることが、ほぼ必須条件となります。

ハードル② 潤沢なキャッシュランウェイ

「お金が底を突きそうだから借りる」というのは通用しません。デットの審査が通るのは、「まだ手元にエクイティで調達した資金が十分にあり、向こう 6ヶ月 〜 12ヶ月 は潰れない」 という状態の時です。追い詰められてからでは遅いのです。

ハードル③ 明確な資金使途と返済計画

「なんとなく運転資金に」では通りません。「この 5000万円 を使って広告宣伝を行い、月次の売上(MRR)を 2倍 にして、次のシリーズBで調達する資金から返済する」といった、具体的かつ納得感のあるストーリーが求められます。

4. 私の苦い経験:デットの「コベナンツ」に苦しめられた日々

以前、私が支援していたスタートアップでベンチャーデットを 8000万円 調達した時のことです。当時は「希薄化なしで借りられた!」と喜んでいたのですが、契約書には 「コベナンツ(財務制限条項)」 という恐ろしい一文が刻まれていました。

具体的には「現預金の残高が 3000万円 を下回ってはならない」「月次の赤字が 500万円 を超えてはならない」といった制約です。

「経営を加速させるために借りたはずなのに、制約を守るためにブレーキを踏まざるを得なくなってしまったのです」。

ある月、開発が遅れて売上の入金が翌月にズレ込み、コベナンツに抵触しそうになりました。銀行の担当者と冷や汗を流しながら交渉し、なんとか免除(ウェイバー)をもらいましたが、あの時の精神的なプレッシャーは相当なものでした。ベンチャーデットを活用する際は、金利だけでなく、この「制約事項」が事業の柔軟性を奪わないか、慎重に確認する必要があります。

5. 日本でベンチャーデットを提供する主要プレイヤー

もし検討を始めるなら、まずは以下の窓口をリサーチすることをお勧めします。

  1. メガバンク系(三菱UFJ銀行、三井住友銀行など)
    • 特徴:低金利(1% 〜 3% 程度)。
    • 条件:審査は非常に厳しいが、一度通れば信頼の証になる。
  2. 新興銀行系(あおぞら銀行、静岡銀行、GMOあおぞらネット銀行など)
    • 特徴:スタートアップ支援に非常に積極的。
    • 条件:ワラントを組み合わせることで、柔軟な審査をしてくれるケースが多い。
  3. デットファンド(SDFキャピタル、Fivot、JIC VGIなど)
    • 特徴:銀行よりもリスク許容度が高い。
    • 条件:金利は高め(4% 〜 10% 超)だが、スピード感があり、大型の調達も相談可能。

まとめ:ハイブリッドな調達で「最速の成長」を目指せ

ベンチャーデットは、単なる「借金」ではありません。エクイティと組み合わせることで、「資本効率を最大化し、創業者の取り分を守りながら、爆速で成長するための戦略ツール」 です。

  1. 株式の希薄化を最小限に抑える
  2. 次の調達までのランウェイを確保する
  3. 資本コストを最適化する

この 3点 を実現するために、デットは最強の武器になります。しかし、コベナンツという「諸刃の剣」も内包しています。自社のキャッシュフローを正確に把握し、プロの助言を得ながら、攻めと守りのバランスが取れた調達プランを練ってみてください。あなたのスタートアップが、この新しい調達手段を使いこなし、世界を驚かせる存在になることを願っています。

6. ベンチャーデットの「金利・期間・調達サイズ」の実務感覚

ベンチャーデットを検討する際、最も気になるのが「いくら借りられて、いくら払うのか」という具体的な数字でしょう。ここでは、実際の案件で見られる相場感を、フリーランスや小規模スタートアップの読者にも分かりやすく整理していきます。

調達サイズの目安

ベンチャーデットの調達額は、原則として「直近のエクイティ調達額の 20% 〜 50%」が一つの目安とされています。例えば、シリーズAで 5億円 をエクイティで調達した会社であれば、デットは 1億円 〜 2.5億円 程度が現実的なラインです。これを超える金額を希望しても、貸し手側のリスク管理上、なかなか通りません。

金利水準のリアル

金利は提供元によって大きく異なります。

  • メガバンク系: 年1.5% 〜 3%
  • 地銀・新興銀行: 年3% 〜 5%
  • デットファンド: 年6% 〜 12%

ただし、これは「表面金利」に過ぎません。実際には、ワラント分の経済価値、アレンジメントフィー(融資手数料、通常 融資額の1% 〜 2%)、コミットメントフィー(未引出額に対する手数料)などが加算されるため、実効コストは表面金利の1.5倍 〜 2倍 になるケースもあります。

返済期間とグレースピリオド

返済期間は通常 24ヶ月 〜 48ヶ月。ありがたいことに、最初の 6ヶ月 〜 12ヶ月 は元本返済を猶予する「グレースピリオド(据置期間)」が設定されることが多いです。この間に売上を立て、月次のキャッシュフローを返済原資が出る水準まで持っていくことが、ベンチャーデット活用の成否を分けます。

ちなみに、中小企業庁のデータによれば、日本の創業期企業の資金調達環境は依然として課題が多いとされています。

創業期の企業は信用力や担保力が不足しているため、金融機関からの借入れが困難であるケースが多く、創業期に必要な資金を十分に調達できないことが、その後の成長を阻害する要因となっている。 出典: www.chusho.meti.go.jp

こうした文脈の中で、ベンチャーデットは「創業期 〜 成長期」のキャッシュ不足を埋める、極めて重要な選択肢となっているのです。

7. フリーランス・個人事業からスタートアップへ — 法人化後にデットを狙う道筋

@SOHO の読者の中には、フリーランスとして実績を積み、いずれは法人化してスタートアップとして大きく成長させたいと考える方も多いはずです。ここでは、個人事業主からベンチャーデット活用までの現実的なロードマップを示します。

ステップ1:フリーランス時代に「事業実績」を可視化する

ベンチャーデットの審査では、過去の売上推移と顧客数の伸びが厳しくチェックされます。フリーランス時代から、月次のMRR(月次経常収益)、顧客リテンション率、平均単価などをスプレッドシートで管理しておくことが重要です。これらは法人化後にそのまま「KPIシート」として銀行・VC・デットファンドに提示できる資産になります。

ステップ2:法人化と最初のエクイティ調達

法人化したら、まずはエンジェル投資家やシードVCから 3000万円 〜 5000万円 程度を調達することを目指します。この段階ではまだベンチャーデットは難しいですが、「ティア1のVCが入っている」という事実を作ることが、後のデット調達の土台になります。

ステップ3:プロダクト・マーケット・フィット(PMF)の達成

シリーズAに進む前に、PMFを達成することが絶対条件です。具体的には、月次の有機的成長率が 前月比10%以上 を6ヶ月以上継続する、解約率(チャーン)が月次 3%以下 といった指標がベンチマークになります。

ステップ4:シリーズA調達と同時にデットを組む

ここでようやくベンチャーデットの出番です。シリーズAで 3億円 をエクイティで調達するタイミングで、同時に 5000万円 〜 1億円 のベンチャーデットを組むのが定石。エクイティとデットを「セット」で交渉することで、貸し手側も安心して条件を出しやすくなります。

法人化のタイミングと税制面の注意

なお、個人事業から法人化する際の税務手続きや、法人化後の経理体制構築については、国税庁の公式情報を必ず確認してください。

法人を設立した場合は、設立の日以後2月以内に、定款等の写し、設立の登記事項証明書等を添付した法人設立届出書を所轄税務署長に提出しなければなりません。 出典: www.nta.go.jp

法人化のタイミングを誤ると、消費税の納税義務発生時期や、社会保険加入義務などで思わぬキャッシュアウトが発生します。デット調達を視野に入れた成長計画を立てる際は、税理士と早めに相談しておきましょう。

8. ベンチャーデットを「使ってはいけない」3つのケース

最後に、現場で見てきた失敗事例から、ベンチャーデットを 使うべきではないケース を3つ挙げておきます。借りる前にこの章を必ず読んでください。

ケース1:プロダクトがまだ磨かれていない段階での「実験資金」

「とりあえず色々試したいから資金を厚くしておこう」という発想でデットを組むのは最悪のパターンです。デットは「決まったKPIに対して、決まった額を投下し、決まったリターンを得る」ためのレバレッジ装置です。試行錯誤の段階ではエクイティで賄うべきで、ここを間違えると、固定費だけが膨らんで返済不能に陥ります。

ケース2:ピボット(事業転換)を検討している段階

事業モデルそのものを変えようとしているタイミングでデットを組むのも危険です。コベナンツは「現在の事業モデルが継続する前提」で設計されているため、ピボットによって売上構造が変わると、ほぼ確実にコベナンツ違反となります。事業の方向性が固まり、再現性のあるグロースエンジンが見えてから借りるべきです。

ケース3:創業者間の株主構成が不安定な状態

共同創業者間で持ち株比率や役割分担に揉め事を抱えている状態でデットを組むと、貸し手側からも「経営リスクが高い」と判断されます。仮に審査が通ったとしても、後から経営陣の入れ替わりがあると、コベナンツに「経営陣変更通知義務」が含まれている場合、即座に期限の利益喪失(一括返済請求)となるリスクがあります。

借りる前に必ず確認すべき5つの項目

実際に契約書にサインする前に、最低限以下の5項目を弁護士・税理士・CFO経験者と一緒にチェックしてください。

  1. コベナンツの具体的な数値(現預金残高、月次赤字幅、売上成長率など)と、それを満たせなくなった場合の救済条項(ウェイバー条件)
  2. ワラントの行使価格、行使期間、希薄化への影響度合い
  3. 期限の利益喪失事由(どんな場合に一括返済を求められるか)
  4. アレンジメントフィー、コミットメントフィー、繰上返済手数料の合計
  5. 担保・個人保証の有無(原則として個人保証を求められた場合は要警戒)

経済産業省も、スタートアップ支援の文脈で資金調達手法の多様化を後押ししています。

我が国スタートアップへの投資額を5年で10倍を超える規模とすることを大きな目標として掲げ、スタートアップ育成5か年計画を策定し、人材・ネットワークの構築、資金供給の強化と出口戦略の多様化等を推進している。 出典: www.meti.go.jp

国の後押しがある今だからこそ、デットファンドや金融機関も積極的に案件を取りに来ています。ただし、その勢いに乗せられて「借りられるから借りる」という判断をしてしまうと、後で必ず痛い目を見ます。ベンチャーデットは強力な武器ですが、扱いを誤れば自分自身を傷つける刃にもなる、ということを忘れないでください。

よくある質問

Q. 2026年に資金調達を行う最大のチャンスは何ですか?

「女性・若手・シニア」向けの優遇措置が過去最大級に拡充されている点です。特に、ITやグリーン関連の分野での創業には、通常の枠とは別に追加の加点や金利優遇があるため、狙い目です。

Q. 自己資金が0円でも融資は受けられますか?

理論上は不可能ではありませんが、現実的には非常に厳しいです。自己資金は、事業への「覚悟」の現れとみなされます。総予算の少なくとも1/10〜1/3程度は用意しておくのが、2026年の健全な起業のスタンダードです。

Q. 融資と補助金、どちらの計画書を先に作るべきですか?

基本的には「融資用」の事業計画書を先に作ります。融資の計画書は「事業全体」を網羅するものであり、補助金の計画書はその中の「特定の一部(投資内容)」を深掘りしたものになるからです。

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永井 海斗

この記事を書いた人

永井 海斗

ノマドワーカー・オフィス環境ライター

全国100箇所以上のコワーキングスペース・レンタルオフィスを体験した国内ノマドワーカー。フリーランスの働く場所をテーマに、オフィス環境・多拠点生活系の記事を執筆しています。

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