60代で鍼灸師を続ける|働ける場所と、勤務の組み立て方

中西 直美
中西 直美
60代で鍼灸師を続ける|働ける場所と、勤務の組み立て方

この記事のポイント

  • 60代の鍼灸師が働ける場所と
  • 体を守りながら勤務を組み立てる方法をまとめました
  • 転職で確認したい条件までを順に整理しています

「この年齢で、まだ鍼灸師として雇ってもらえるだろうか」。

このご相談、本当に多いんです。60代に入ってから、勤め先の定年が近づいてきた。あるいは一度現場を離れて、また戻りたくなった。開業していた治療院をたたんで、どこかに勤める形を探している。きっかけはさまざまですが、みなさん同じ不安を口にされます。

先に結論をお伝えします。60代の鍼灸師には、働ける場所があります。しかも、20代や30代の求職者とは違う理由で求められています。ただし、探す場所を間違えると「年齢だけで断られた」という経験を重ねることになります。ここが分かれ道です。

この記事では、60代の鍼灸師がどこで働けるのか、勤務時間や日数をどう組み立てれば体が続くのか、求人票のどこを見れば失敗しにくいのかを、順番に整理していきます。焦らなくて大丈夫です。ひとつずつ見ていきましょう。

60代の鍼灸師に需要がある理由を、先に押さえておく

年齢を理由に不安になっているとき、人はどうしても「自分が選ばれない理由」ばかり探してしまいます。でも、市場のほうから見ると景色が違います。まずはそちらから見てください。

はり師・きゅう師は国家資格です。免許に更新の仕組みはなく、一度取得すれば年齢で失効することはありません。つまり、60代であっても資格の面ではまったく制限がない。これは他の多くの職種と決定的に違う点です。60代で「未経験から新しい仕事を探す」のと、「国家資格を持ったまま働く場所を探す」のとでは、スタートラインがまるで違います。

そのうえで、需要側の事情があります。鍼灸の対象になる方は、腰や膝の痛み、神経痛、麻痺の後遺症など、高齢の方に多い症状を抱えていることが少なくありません。施術を受ける側が高齢であるほど、同世代に近い施術者に安心感を覚える、という現場の声はよく聞きます。人生経験の重なりが、そのまま信頼につながる場面がある。これは若い施術者には作れない価値です。

もうひとつ。求人側から見ると、60代の応募者は「長く休まない」「急に辞めない」と評価されることがあります。子育ての繁忙期を過ぎている方が多く、勤務時間が読みやすい。訪問系のように1日の予定が固定されている働き方では、この安定性が高く評価されます。

実際、求人票のなかには年齢層を明示して募集しているものがあります。

鍼灸師(訪問マッサージ)/完全週休2日制・ブランクOK(60代活躍中) 出典: job-medley.com

「ブランクOK」と「60代活躍中」が同じ求人に並んでいることに注目してください。これは、現場が経験のある手を必要としているという意味です。ブランクがあっても構わないから来てほしい、という求人が実在する。ここが出発点になります。

背景には、地域の人口構成の変化があります。通院が難しくなった方に対して、自宅で受けられる施術の需要は増える方向にあります。訪問の求人が全国的に目立つのはそのためです。一方で、通院型の院は駅前の競合が多く、新規の患者を集めるのに時間がかかる。同じ鍼灸師の募集でも、分野によって採用の温度がまったく違うのはこの構造から来ています。60代の応募が通りやすい分野が訪問に偏っているのは、年齢の問題ではなく、人手が足りている分野と足りていない分野の差です。

ただし、注意も必要です。すべての求人が同じ条件で門戸を開いているわけではありません。年齢層を書いていない求人に応募して、書類の段階で止まってしまうことは起こります。それはあなたの技術の問題ではなく、単に募集の設計が違っただけです。落ち込む必要はありません。探す場所を変えれば結果は変わります。

60代の鍼灸師が実際に働ける場所を、5つに分けて見る

「働ける場所がある」と言われても、具体的な形が見えないと動けません。ここでは、60代の応募が通りやすい順に整理します。

訪問鍼灸・訪問マッサージ

いま60代の鍼灸師がもっとも採用されやすいのが、この分野です。利用者のご自宅や施設を回って施術する形で、勤務日数や訪問件数を調整しやすいのが特徴です。求人票には週1日から相談可というものから、正職員として完全週休2日で働くものまで幅があります。

給与の目安としては、訪問の正職員求人で月給26万円台からという募集が見られます。

~池田エリア~【◉月給26万円~】未経験OK|直行直帰◎プライベートも充実|訪問鍼灸師|完全週休2日 出典: job-medley.com

ここで見ていただきたいのは金額よりも「直行直帰」という言葉です。自宅から直接1件目に向かい、最後の訪問先から直接帰る。院に立ち寄る往復がなくなるだけで、1日の拘束時間はかなり変わります。60代で体力の配分を考えるなら、この一語は大きな判断材料になります。

鍼灸整骨院・接骨院

院内で施術する形です。訪問より採用のハードルは上がる傾向がありますが、パート・アルバイト枠であれば60代の募集も見られます。1日4時間から、週2日からといった短時間勤務の求人がある分野です。移動がないぶん天候に左右されず、道具や設備が整った環境で施術できるのが利点です。

介護施設・デイサービス

機能訓練指導員として、あるいは施術者として関わる形があります。ただし、機能訓練指導員として配置されるための要件は職種ごとに定められており、はり師・きゅう師の免許だけで自動的に該当するわけではありません。実務経験の要件が付く場合もあります。求人に応募する前に、その施設がどの資格・要件を前提に募集しているかを必ず確認してください。制度の細部は改定されることがあるため、最新の内容は自治体の担当窓口や厚生労働省の案内で確かめるのが確実です。

自分の治療院を続ける、または規模を縮める

すでに開業している方が、60代を機に営業日を減らしたり、予約制に切り替えたりして続ける形です。ゼロから新規開業するより現実的で、既存の患者さんとの関係を保ったまま負担だけを下げられます。「たたむか続けるか」の二択で考えると苦しくなりますが、「どこまで縮めれば続けられるか」で考えると選択肢が増えます。

美容鍼灸サロン・リラクゼーション系

自費中心で運営される分野です。年齢層としては若い施術者を想定した募集が多く、60代の採用は他の分野より少なめですが、施術時間が長く1件あたりの単価が高い設計なので、件数を追わずに済むという利点があります。求められる技術の方向が保険中心の現場とは違うため、これまでの経験がそのまま通用するとは限らない点は正直に押さえておいてください。

教育・指導の側に回る

養成校の実技補助や、勉強会での指導です。募集数は多くありませんが、長く現場に立ってきた方にしか担えない役割です。施術の量を減らしながら、知識と経験を収入に変える道として検討する価値があります。

求人票の「60代活躍中」を、どう読むか

求人票の言葉には、書いてあることと書いていないことの両方に意味があります。ここを読み違えると、応募しても噛み合いません。

まず「60代活躍中」です。これは「60代の在籍者がいる」という事実の表明であって、「60代を優先して採用する」という意味ではありません。ただ、少なくとも年齢を理由に門前払いされる可能性は低いと考えていい。応募する価値のあるサインです。

次に「定年が65歳」「定年後再雇用あり」という記載。これは正職員として入る場合に効いてきます。60代前半で入職して、定年まで数年しかない場合でも、再雇用の仕組みがあれば働き続けられる可能性が残ります。逆に、定年の記載がまったくない求人は、正職員採用の年齢上限が実質的に設定されていることがあります。応募前に問い合わせて構いません。

そして「業務委託」という言葉。これは雇用契約ではなく、個人事業主として仕事を請ける形です。定年の概念がないため年齢の壁は消えますが、雇用保険や労災の扱いが変わります。社会保険の加入も自分で判断することになります。どちらが良い悪いではなく、性質がまったく違う契約なので、求人票のこの一語は必ず確認してください。

もうひとつ、待遇面の書き方も見てください。研修体制や休日日数を具体的に書いている求人は、労務管理に手をかけている可能性が高いと考えられます。求人情報サイトに掲載されている募集のなかには、関西で複数店舗を展開する治療院が、年間休日127日、年間1,500時間の研修を営業時間内に実施、昇給は年2回、といった条件を並べて掲げているものがあります。

数字も大事ですが、それ以上に「営業時間内に実施」の一言が重要です。研修が営業時間外に置かれている職場は、実質的な拘束時間が求人票の記載より長くなります。勉強会や症例検討会が「自主参加」という名目で夜に入るケースもあります。60代で勤務を組み立てるなら、額面の給与より先に、拘束時間の総量を確認してください。求人票に書かれていなければ、面接で聞いて構いません。むしろ、そこを聞ける応募者は「長く働く前提で考えている人」として好意的に受け取られることが多いです。

もうひとつ確認しておきたいのが、患者層の内訳です。求人票に「鍼の患者さんが全体の何割か」を書いている募集があります。鍼灸の技術を使いたくて応募したのに、実際は電気治療とマッサージが大半だった、という食い違いはよく起こります。60代からの転職で、やりたい施術ができない職場に入ってしまうと、体力より先に気持ちが続かなくなります。ここは応募前に確認しておく価値があります。

書類選考で年齢を気にされる場合、職務経歴書の書き方も効きます。年数の長さを並べるより、「どんな症状の方を何年扱ってきたか」を具体的に書くほうが伝わります。訪問の求人なら、高齢者への施術経験、ご家族やケアマネジャーとのやりとりの経験を前に出す。採用側が知りたいのは、明日から現場に立てるかどうかです。

応募から初出勤までに、やっておくと違うこと

書類と面接の段階でつまずく方が多いので、ここは具体的に書きます。

まず履歴書です。60代の方の書類は、経歴の量が多くなります。全部書くと読み手が要点を見失うので、直近と、応募先に関係する経験を厚く書いてください。20年前の勤務先を3行かけて説明するより、直近の職場で高齢の患者さんを週に何人担当していたかを1行書くほうが効きます。

次に職務経歴書です。ここで多くの方が「自分には特別な実績がない」と手が止まります。でも、採用側が知りたいのは実績の派手さではありません。「うちの現場で何ができるか」だけです。担当した症状の種類、1日の担当件数、使っていた機器、書類作成の経験。この4つを事実として並べれば、それで伝わります。

面接で高い確率で聞かれるのが、体力についての質問です。「訪問は移動が多いですが大丈夫ですか」と聞かれます。ここで「大丈夫です、頑張ります」とだけ答えると、根拠がないので不安が残ります。答え方はこうです。「週4日で1日5件までなら、いまの体調で問題なく回れます。それ以上は無理をすることになるので、最初はこの範囲で始めたいです」。条件を自分から示すのは、消極的ではなく誠実です。長く働いてほしい職場ほど、この答えを歓迎します。

もうひとつ、ブランクの説明です。事情を長く説明する必要はありません。空いた期間と、いまの状態を短く。「3年離れていましたが、この半年は勉強会に参加して感覚を戻しています」。事実だけで十分です。

そして初出勤までにやっておきたいのが、道具と体の慣らしです。しばらく現場を離れていた方は、刺鍼の感覚だけでなく、立ちっぱなしの姿勢そのものが体から抜けています。初日にいきなりフルで入ると、翌日に来ます。可能であれば、勤務が始まる2週間ほど前から、立っている時間を意識的に増やしておいてください。地味ですが、これで初月の離脱がかなり減ります。

週何日、1日何件が現実的か。勤務の組み立て方

ここが一番のご相談どころです。「働けるかどうか」より、「働き続けられるかどうか」のほうが難しい。

60代で無理をしてしまう方には共通点があります。若い頃と同じ本数、同じ時間で組もうとするんです。そして数ヶ月で腰や肩に来て、結局辞めてしまう。これが一番もったいない。

組み立ての目安として、次の3つを分けて考えてみてください。

ひとつ目は、施術そのものの負荷です。鍼灸は指先の作業ですが、実際に消耗するのは中腰の姿勢と立ち仕事です。1件あたりの施術時間より、姿勢を保っている合計時間で見てください。

ふたつ目は、移動の負荷です。訪問の場合、これが総疲労の半分を占めることがあります。自転車なのか、車なのか、公共交通なのか。夏場と冬場で消耗が変わるのもここです。訪問件数を1日5件にするか6件にするかは、施術より移動距離で決めたほうが失敗しません。

3つ目は、回復の時間です。連勤にしないこと。週4日働くなら、2日働いて1日空けるほうが、4日連続より圧倒的に楽です。同じ日数でも並べ方で疲労はまるで違います。

こういう相談がよくあります。「最初は週5で入ったけれど、3ヶ月で膝が限界になった」。そこで週3に減らしたら、今度は収入が足りなくて焦る。この往復が一番つらいんです。だから最初が肝心で、慣らす方向で始めることをおすすめしています。少なめに入って後から増やすほうが、多く入って減らすより、職場との関係も自分の体も守れます。

私自身、キャリアの相談を受ける仕事に切り替えたとき、対面の面談を詰め込みすぎて声が出なくなったことがあります。頭では「体力仕事ではない」と思っていたのに、実際には集中して人と向き合う時間そのものが消耗だった。専門職ほど、自分の消耗を過小評価しがちです。鍼灸師の方にも、まったく同じことが起きます。

具体的な組み立て例をひとつ。訪問で週4日、1日5件、直行直帰。午前2件、午後3件で、昼に1時間以上空ける。移動が多い曜日は件数を1つ減らす。この形なら、体を壊さずに数年単位で続けている方がいます。大事なのは件数の多さではなく、来週も同じ形で働けることです。

保険の扱いを知っておくと、選べる職場が変わる

鍼灸の施術には、自費で受ける形と、療養費として健康保険から給付を受ける形があります。この違いを理解しているかどうかで、職場選びの見え方が変わります。

療養費の対象になるには、原則として医師の同意書が必要で、対象となる疾患も定められています。さらに、施術所が保険者に直接請求する受領委任の取扱いを行うには、届出や研修の要件があります。ここは制度の細部が改定されることがあり、地域や保険者によって運用も異なります。断定的な情報をうのみにせず、必ず所管の窓口や厚生労働省の案内で最新の内容を確認してください。

なぜこれを知っておく必要があるのか。理由は2つあります。

ひとつは、訪問鍼灸の求人の多くが療養費の枠組みで動いているからです。同意書の取得やケアマネジャーとの連携、書類の作成が業務に含まれます。施術だけをする仕事だと思って入ると、事務量に驚くことになります。逆に言えば、書類仕事に慣れている方は、そこが強みになります。長く社会人経験のある60代の応募者は、この点で若手より評価されることがあります。

もうひとつは、自費中心の院と保険中心の院では、求められる施術の型が違うからです。自費であれば時間をかけた施術や美容鍼などの選択肢が広がります。保険中心であれば、1件あたりの時間が短く、件数で成り立たせる設計になります。どちらが自分の体と技術に合うのかを先に決めておくと、求人の絞り込みが速くなります。

実務面で言うと、療養費を扱う現場では、月ごとの締めがあります。月末から月初にかけて書類の作業が集中し、その週だけ負荷が跳ね上がる職場は珍しくありません。求人票の勤務時間だけを見て判断すると、この山が見えません。面接のときに「月末の事務はどのくらいの量になりますか」と聞いてみてください。答え方で、その職場が事務を分担しているのか、施術者に丸投げしているのかが分かります。

ちなみに、こうした制度の解説を無料で受けられる窓口もあります。公的な相談窓口や、業界団体の説明会です。有料のセミナーに申し込む前に、まず無料で得られる情報を集めてください。60代からの転職で、情報にお金をかけすぎるのはおすすめしません。

60代の転職で、実際に確認しておきたいこと

年齢に関係なく大事なことと、60代だからこそ効いてくることがあります。後者を中心に整理します。

社会保険と年金の関係です。厚生年金を受け取りながら働く場合、収入によって年金額の一部が調整される仕組みがあります。金額の基準は改定されることがあるため、ご自身の受給見込みと働き方の組み合わせは、日本年金機構の案内や年金事務所で確認してください。ここを知らずに勤務時間を決めてしまうと、あとで手取りの計算が合わなくなります。

雇用形態です。正職員、パート、業務委託で、社会保険や有給の扱いが変わります。週の所定労働時間によって社会保険の加入義務が変わる仕組みもあります。求人票の「週20時間以上」といった記載は、そこに関わってくる数字です。

通勤です。60代の転職で見落とされやすいのがここです。片道45分の通勤は、往復で1日1時間半。週4日なら月に24時間を移動に使う計算になります。同じ給与なら、近い職場のほうが実質の時給は高い。訪問の求人で担当エリアが自宅の近くかどうかを確認する意味も、ここにあります。

そして、辞めたときの理由を用意しておくこと。前職を辞めた事情、ブランクの事情は必ず聞かれます。ここで言葉に詰まると、実際より不利に見えてしまいます。事実を短く、前向きに。「体調を整えるために一度離れて、いまは週4日なら問題なく働ける状態です」。これで十分です。

キャリアの棚卸しを一人でやるのが難しければ、相談できる先を持つのも手です。働き方やキャリアの相談を仕事として請ける分野については、職場・転職・キャリア相談のお仕事で、どんな案件が動いているかを見ることができます。相談される側の仕事の中身を知ると、自分が相談するときにも聞き方が変わります。

年収の見方を、60代向けに切り替える

60代の職場選びでは、年収の見方そのものを変えたほうがうまくいきます。総額ではなく、時間あたりで見るということです。

理由は単純です。フルタイムで働き続けることを前提にできる年代ではないからです。週5日で働いた場合の年収と、週3日で働いた場合の年収を並べても比較になりません。比べるべきは、1時間あたりいくらか、そして体にどれだけ負荷がかかるか、の2つです。

訪問の正職員求人で月給26万円台からという水準が示されている場合、そこには移動時間も書類作成の時間も含まれています。施術時間だけで割ると実態より高く見えてしまうので、拘束時間の合計で割ってください。パート・アルバイトの時給求人であれば、時給1,300円前後からという水準が募集で見られます。こちらは拘束時間がそのまま賃金対象になるため、実態が読みやすいという利点があります。

そのうえで、次の3つを足し引きしてください。

ひとつ、交通費の扱いです。全額支給か上限付きか。訪問で自家用車を使う場合、ガソリン代と車両の維持費がどう精算されるか。ここが曖昧なままだと、実質の手取りが目減りします。

ふたつ、歩合の有無です。訪問件数に応じたインセンティブがある職場では、件数を増やせば収入は上がります。ただし、これは体力と引き換えです。60代でこの仕組みに乗ると、無理をする方向に引っ張られます。固定給の比率が高い職場のほうが、長く働くには向いていることが多いです。

3つ、社会保険と年金との関係です。前述のとおり、厚生年金の受給と給与の組み合わせで調整が入る仕組みがあります。年収の額面だけを上げにいくと、手元に残る金額が思ったほど増えないことがあります。

そして、業界全体の相場観についてもひとつだけ。鍼灸師の給与水準は、勤務先の業態、地域、経験によって幅が大きい職種です。同じ「鍼灸師」という求人でも、自費中心の院と保険中心の訪問では、収入の作り方がまったく違います。平均値を探すより、自分が働ける日数と時間で、いくらになるかを個別に計算するほうが役に立ちます。

体と気持ちを守りながら働くために

技術の話より、こちらのほうが長く効きます。

60代で職場が変わると、多くの方が最初の3ヶ月で気持ちが揺れます。若い同僚のスピードに合わせようとして疲れる。教わる側に回ることに戸惑う。前の職場のやり方と違って戸惑う。これは能力の問題ではなく、環境が変わったときに誰にでも起きる反応です。

対処法は3つあります。

ひとつ、比べる相手を変えること。同僚の件数ではなく、先月の自分と比べる。これだけで消耗がかなり減ります。

ふたつ、聞くことを恥ずかしがらないこと。経験のある方ほど「今さら聞けない」と抱え込みます。でも、職場ごとのやり方は経験年数とは無関係です。「ここではどうしていますか」と聞くのは、経験者だからこそ許される聞き方です。

3つ、体の記録をつけること。腰や膝の状態を、10段階で毎日1つ数字を書くだけで構いません。手帳の隅でも、スマートフォンのメモでもいい。悪化の傾向は、感覚より記録のほうが早く気づきます。人は調子の悪い日を忘れます。とくに、忙しい時期ほど「今日は特別だった」と例外扱いしてしまう。数字を並べると、その例外が3週間続いていたことが見えます。「まだいける」と思っている時期に減らせるかどうかが、続けられるかどうかを分けます。

そして、鍼灸師の方に特にお伝えしたいことがあります。人の体を診る仕事をしている方ほど、自分の体の不調を後回しにします。患者さんには「無理しないでくださいね」と言いながら、自分は無理をしている。これ、本当によくあります。あなたが施術を続けられることが、患者さんにとっての一番の利益です。自分を守ることは、わがままではありません。

もし気持ちが沈む状態が2週間以上続くようであれば、無理に一人で抱えないでください。地域の相談窓口や、かかりつけの医療機関に話してみる。それは弱さではなく、長く働くための手当てです。

収入の柱を、鍼灸の外にもうひとつ持つという考え方

これは全員に必要な話ではありません。ただ、勤務日数を減らしたい方には、選択肢として知っておいてほしいと思います。

60代で施術の日数を週3日に減らすと、当然ながら収入も下がります。ここで「じゃあ我慢して週5日働く」と決めてしまうと、体が先に音を上げます。もうひとつの道は、施術以外の時間で、体に負担のかからない収入を少し作ることです。

たとえば、長く現場を見てきた方の知識は、文章として価値があります。医療や健康分野の記事は、資格を持つ人の監修や執筆が求められる領域です。文章を書く仕事の相場感については、著述家,記者,編集者の年収・単価相場に職種としての報酬水準がまとまっています。施術の合間に月に数本という関わり方であれば、体を使わずに続けられます。

在宅の仕事を始めるときに壁になるのは、たいてい技術ではなくパソコンの操作です。ここでつまずいて諦める方が多い。必要なのは高度なスキルではなく、限られた操作を確実にできることだけです。何をどこまで覚えれば足りるのかは、50代・60代のパソコンスキルアップ|在宅ワークに必要な最低限のスキルに、必要最低限の範囲が具体的に整理されています。全部を覚える必要はない、と分かるだけで気持ちが軽くなるはずです。

もう少し広く、定年後にこれまでの経験を仕事に変える道筋を知りたい方には、シニア・60代からのフリーランスの始め方|定年後に経験を活かす働き方【2026年版】が参考になります。組織を離れたあとに、経験をどう仕事の形にしていくかという順序が書かれています。

注意点もあります。在宅の仕事は「空いた時間にできる」と言われますが、実際には締切があります。施術の予定と原稿の締切が重なると、どちらも中途半端になります。始めるなら、月にこれだけと決めた小さな量から。増やすのは慣れてからで十分です。ここでも、少なく始めて後から増やすほうが安全という原則は同じです。

大事なのは、鍼灸を辞める話ではないということです。むしろ逆で、鍼灸を長く続けるために、他の柱で下支えする。週5日働かないと生活できない状態から抜けられれば、施術の質そのものが上がります。焦って本数を詰め込む必要がなくなるからです。

20年この市場を見てきた立場からの、ひとつの観察

在宅ワークと業務委託の市場を長く運営してきた立場から、ひとつだけお伝えしたいことがあります。

60代以降も仕事が途切れない方には、はっきりした共通点があります。技術が突出しているかどうかではありません。「この人に頼むと、こちらが楽になる」という関係を作れているかどうかです。連絡が返ってくる、約束の時間に来る、伝えたことを覚えている。当たり前に見えることの積み重ねが、年齢の壁を実質的に無効化していきます。逆に言えば、技術だけで押し切ろうとする方ほど、年齢を理由に断られる場面が増えていきます。

もうひとつ、手取りの話をさせてください。運営者として見てきた限りでは、同じ仕事量でも、間に何社入るかで受け手の手取りはまったく変わります。仲介が重なるほど、依頼者が払った金額と受け手に届く金額の差は広がる。逆に、依頼者と受け手が直接つながる形では、依頼者は同じ予算でより多く頼めて、受け手は手数料0%で受け取れます。金額が跳ね上がるという話ではなく、手取りが厚くなるという質の話です。

これは鍼灸の世界にも当てはまります。院に所属して集客を任せる形は、安定と引き換えに配分を渡す形です。訪問の業務委託や自分の治療院は、配分を自分で持つ代わりに、集客と事務を自分で背負う形です。どちらが正解ということはありません。ただ、60代でこの選択をするときは、「あと何年、どのくらいの負荷で働きたいか」を先に決めてから、配分の話をするほうがうまくいきます。順番を逆にすると、収入の数字に引っ張られて、体に合わない働き方を選んでしまいます。

そして、これは20年見てきて確信していることですが、経験のある人が現場から早く抜けすぎる市場は、必ず後で困ります。若い施術者が学ぶ相手がいなくなるからです。60代のあなたが働き続けることは、あなた個人の収入の話であると同時に、その職場に技術が残るかどうかの話でもあります。周りが思っている以上に、あなたの存在には価値があります。

不安が消えるまで待つ必要はありません。求人をひとつ見て、条件を1行ずつ確かめてみる。それだけで、次に進むための材料が集まっていきます。あなたは一人ではありませんし、探せる場所はまだ残っています。

よくある質問

Q. 60代でもはり師・きゅう師として採用されますか?

採用の可能性はあります。とくに訪問鍼灸や訪問マッサージの分野では「60代活躍中」「ブランクOK」と明記した求人が実在します。免許に更新の仕組みはなく、年齢で失効することもありません。ただし求人ごとに想定する年齢層は異なるため、年齢層や定年の記載がある募集から当たると効率的です。

Q. 60代で働くなら、週何日くらいが現実的ですか?

体の状態によりますが、いきなり週5日で始めるより、少なめに入って様子を見ながら増やすほうが続きます。同じ日数でも連勤を避けて間に休みを挟むと疲労の残り方が変わります。訪問の場合は施術より移動が消耗するため、件数は移動距離を基準に決めると失敗しにくくなります。

Q. ブランクがあっても鍼灸師として復職できますか?

免許は有効なままなので、制度上の障害はありません。求人にも「ブランクOK」を掲げるものがあります。応募時は年数の長さより、どんな症状の方を扱ってきたかを具体的に書くほうが伝わります。訪問系を狙う場合は、高齢者への施術経験やご家族との連絡の経験を前に出すと評価されやすくなります。

Q. 年金を受け取りながら働くと、年金が減りますか?

厚生年金を受けながら働く場合、収入に応じて年金額の一部が調整される仕組みがあります。基準となる金額は改定されることがあるため、ご自身の受給見込みと勤務時間の組み合わせは日本年金機構の案内や年金事務所で確認してください。勤務日数を決める前に確認しておくと、あとで手取りの計算が狂いません。

この記事について

@SOHO
編集部

監修:@SOHO編集部

2004年よりフリーランス・在宅ワーク向けサービスを20年運営。編集部が事実確認のうえ公開しています。

公開:2026年7月27日最終更新:2026年9月10日
中西 直美

この記事を書いた人

中西 直美@SOHO編集部

産業カウンセラー・キャリアコンサルタント

大手人材会社でキャリアカウンセラーとして15年間従事した後、フリーランスの産業カウンセラーとして独立。在宅ワーカーのメンタルヘルスケアを専門に活動しています。

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